抗がん剤の承認基準
延命効果証明は必須か?
イレッサ“薬害”訴訟大阪地裁判決では次のとおり認定している。
前記第5章第2の2(3)の認定・判断のとおり,平成14年7月当時,承認前には,比較臨床試験が実施されることは不可欠ではなく,腫瘍縮小効果(抗腫瘍効果)を代替評価項目として有効性を評価することには合理性があったというべきである。(V-92)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)
仮に標準的治療法を対照群とした第III相試験において優越性ないし同等性が統計学的に証明されなかったとしても,II相承認の制度のもとでは承認時の有効性は既に肯定されているのであるから,そのことから直ちに当該医莱品の有効性が遡って否定されるものではない。(V-93)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)
第III相試験の試験デザインや規模などによっては,統計学的に適切な結果が得られないこともあり得るのであるから,第III相試験の結果において標準的治療法に対して優越性又は同等性を統計学的に示すことができなかったとしても,その事実のみをもって直ちに当該医薬品の有効性が否定されるものではない。 科学的な根拠に基づいて医薬品の有用性を判断すべきであるということと,第III相試験により全生存期間の延長について標準的治療法に対して優越性を示すということは同義ではないにもかかわらず,原告らの上記主張は,その前提において両者を混同するものであるか,その両者の関係の一部のみを取り出したものであるとの疑いがある。
また,第III相試験では,日本人患者の全生存期間の延長は確認されていないが,代替評価項目である無増悪生存期間から真の評価項目である延命効果があることを推測することができ,ファーストライン治療におけるEGFR遺伝子変異陽性の日本人を対象とした第III相試験(IPASS試験及びNEJ002試験)では無増悪生存期間の延長が確認されたのである。したがって,日本人を対象にした第III相試験で延命効果が確認されていないという原告らの主張の前提は認められないものである。(V-97)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)
大阪地裁は、奏効(腫瘍縮小率)率や無増悪生存期間といった代替評価項目から延命効果の推測は可能としている。 では、「第III相試験の試験デザイン」によって「統計学的に適切な結果が得られないこともあり得る」とはどういうことか。
第III相試験の限界
第III相試験では延命効果を確認するが、実際に延命効果のある抗がん剤であっても、試験結果として延命効果として出ないことは良くある。 これは、多くの抗がん剤に致死的な副作用があり、かつ、「試験デザイン」によっては、その副作用死が医療現場での使用よりも高く出てしまうからである。 これは、次のように、よく知られた事実である。
「塩酸イリノテカン(CPT-11)」というわが国でつくられた非常にいい、最近注目されている薬がありますが、CPT-11は非常に強い副作用でたくさんの人が死んだと報道された薬です。 薬が売られる前の臨床試験中、4.4%、55名の人がその治療による死亡を経験しています。 市販後の死亡例数が――これが新聞に載った数字でありますが――0.77%です。
一方、米国におけるCPT-11は、臨床で2,360人に投与され、111人、4.7%が早期死亡、治療関連死が0.6%で、先ほどのわが国の数字と同じということになります。
抗がん剤の有効性と危険性-国立がん研究センター中央病院(http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/lecture/19980530.html)
その結果として、第III相試験での試験薬投与群の生存状況が医療現場の実態よりも悪くなりやすい。 たとえば、対照群(試験薬を投与しない群)の平均生存期間が1年だったとする。 そして、医療現場と同じように使用すれば平均生存期間が1年1ヵ月になるところが、「試験デザイン」によって平均生存期間が2ヵ月短くなったとしよう。 そうすると、実際には1ヵ月の延命効果があるにもかかわらず、試験結果としては1ヵ月生存期間が短くなってしまう。
治験実施計画
治験は、事前に作成した治験実施計画書に従って実施される。 原則として、治験実施計画書から外れることは認められない。 それは、治験実施計画書から外れた行為が、交絡要因となり、試験結果を大きく左右しかねないからである。 交絡が大きければ、統計的に信用できないデータとなり、治験結果の信頼性を大きく損なう。
一方、医療現場では、その時の患者の状態等に応じて臨機応変に治療方法を変更する。 そうした臨機応変な対応を全て治験実施計画書に盛り込むのは難しいし、統計学的に治験実施計画書に盛り込めない項目も多い。 どんな医薬品でも、効果や副作用の出方には個人差があり、そうした個人差の原因が特定されていないことも多い。 医療現場では原因不明であっても個人差に応じたきめ細かい治療が行える。 しかし、原因の分からない個人差を治験実施計画書に盛り込むことは極めて困難である。
たとえば、医療現場では、試しに投与して奏功しなければ投与を止めるという方法を取ることも多い。 しかし、この医療現場のやり方を治験実施計画書に盛り込むのは難しい。 というのも、第III相試験では、試験薬投与群と対照群(試験薬を投与しない群)に対して、試験薬の投与以外の条件を同じにすることが求められるからである。 投与群は医療現場と同じやり方を採用することができるが、対照群ではそうはいかない。 対照群では、試験薬を投与しないのだから、全例が奏功しないはずである。 通常、投与群と対照群の条件を等しくするため、対照群にはプラセボ薬を投与する。 しかし、奏功しなければ投与を止めるのであれば、対照群全員のプラセボ薬を中止しなければならない。 プラセボ薬が使えなくなるのでは、両群の条件を等しく出来なくなる。 これでは、統計学的な精度が怪しくなる。
イレッサの場合
現実に起きたこと
イレッサの場合は、後に、EGFR遺伝子変異が見られる場合に、奏効確率が上がることが分かった。 このような場合には、EGFR遺伝子変異が見られる患者だけを対象にした第III相試験が可能となる。 これは、試験薬投与群と対照群(試験薬を投与しない群)の双方に等しく適用できる条件だからこそ、治験実施計画書に盛り込むことができる。
そして、イレッサの場合、EGFR遺伝子変異を条件につけない第III相試験では延命効果を証明できなかったが、EGFR遺伝子変異を条件につけると延命効果が証明できた。 EGFR遺伝子変異はイレッサの奏功しやすさに影響すると考えられているので、この結果は、実質的に、奏功しなければ投与を止めるやり方での延命効果の証明に近いと推測できる。 そして、EGFR遺伝子変異が見られない場合にもイレッサ奏功する事例が確認されている。 以上により、EGFR遺伝子変異が見られない患者にも投与した結果を見てから継続の可否を判断するというやり方は有効であると推測できる。
もしも、延命効果が基準だったら
もしも、延命効果を証明することが必須だったら、イレッサはどうなっていただろうか。 まず、延命効果を証明できなかった時点で、イレッサは承認されない。 承認されないから、使う人も少なく、データも蓄積されない。 そうすると、EGFR遺伝子変異と奏効との関係を調査した論文も出て来ない。 そのうち、製薬会社は、薬効の証明を諦め、特許権を放棄するだろう。 もしかすると、細々と使われた後に何年も経ってから、EGFR遺伝子変異と奏効との関係が突き止められるかもしれない。 しかし、その頃には、特許権が切れているので、新たな治験が行なわれることはない。
このように、延命効果を証明することが必須であったならば、イレッサは永久に承認されずに闇に葬り去られていただろう。
イレッサは、
数カ月の余命が5年前後延びたスーパーレスポンダー(効果が顕著な患者)も多い
【夢の新薬 光と影】(上)2つの衝撃+(3/3ページ)-MSN産経ニュース
とされる。
しかし、延命効果を証明することが必須であったならば、こうしたスーパーレスポンダー達の希望の灯が灯ることはなかった。
延命効果を証明することが必須であったならば、イレッサは隠れたドラッグ・ラグ(レス)として、ひっそりと闇に葬り去られていたのである。
現実においてイレッサが使えるのは、奏効率で承認した後、EGFR遺伝子変異のある患者の延命効果が証明されるまで、承認を継続したからである。
もしも、途中で承認を取り消していたら、製薬会社が特許を放棄していた可能性がある。
承認を継続したからからこそ、特許庁に登録料金を支払うことを厭わずに製薬会社は特許を維持して、新たな治験を行なったのである。
医薬品の承認問題を語るにあたっては、この事実を絶対に忘れてはならない。
奏効率による承認の妥当性
以上のとおり、「第III相試験の試験デザインや規模などによっては,統計学的に適切な結果が得られないこともあり得る」ことは決して珍しいことではない。 このため、第III相試験の結果が出るまで承認しないのであれば、医薬品の承認が遅れるばかりではなく、延命効果のある医薬品の承認が認められない危険性がある。 イレッサ“薬害”訴訟大阪地裁判決でも、代替評価項目で延命効果が推定できるとされているのだから、代替評価項目の結果に基づいて承認することは妥当であると言えよう。 イレッサについては米国FDAも延命効果なしで承認しており、代替評価項目の結果に基づいて承認することは、国際的にもおかしなことではない。
余談
イレッサ問題とも、医薬品の承認問題とも直接関係がない話だが、奏効率による承認を批判する人には、インチキな“治療”法を支持する人が多い。 インチキな“治療”法を支持する人は、「延命効果の証明されていない抗がん剤を奏効率だけで承認するとはけしからん」と言う。 しかし、そんな人に限って、自分が支持する“治療”法については、延命効果どころか奏効率さえ証明されていないことを棚に上げている。 そんな人に限って、自分が支持する“治療”法の治療効果を科学的に証明しようとはしない。 そして、証拠にならない話ばかり並べて、自分が支持する“治療”法が医学的治療よりも優れていると力説する。 そういう類のインチキな話には気をつけた方がよい。
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