通常有すべき安全性

最初に 

このページはイレッサ訴訟誤判(細部不当判決)の原因が長くなったため、その一部を分割したものである。

通常有すべき安全性 

イ 指示・警告の対象
(ア)前記第5の4(3)の認定事実のとおり,イレッサは,医療用医系品として,医師等によって使用され又はこれらの者の処方せん若しくは指示によって使用されることを目的として供給される医薬品であり,また,要指示医薬品として,薬事法49条1項により,医師等から処方せんの交付又は指示を受けた者以外の者に対しては販売,授受等が禁止される医薬品であるから,イレッサを投与するか要否・可否,投与時期,投与期間等の医学的判断は,医学に関する専門知識を有する医師等が行うこ とが予定されている。
また,添付文書通達によれば,医療用医薬品の添付文書は,薬事法52条1号の規定に基づき医薬品の提供を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師等に対して必要な情報を提供する目的で作成されるものであるから,その名宛人は医師等が予定されているものである(前記第5の1(1))。
したがって, 医療用医薬品についての製造物責任法上の指示・警告上の欠陥の判断においては,製造(輸入販売)業者等は,当該医薬品の販売時点において,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報を,医療現場で当該医薬品を使用することが想定される平均的な医師等が理解できる程度に提供する必要があり,かつそれで足りるものと解するのが相当である。(V-102)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)


ウ 指示 ・警告上の欠陥の判断方法
(ア)判断の対象となる表示媒体
医療用医薬品については,薬事法上,当該医薬品の提供を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師等に対し、添付文書により情報提供がされることが予定されていることから(薬事法52条1号),製造物責任法上,当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報(指示・警告)が提供されたか否かは,添付文書に記載された内容を中心に判断するのが相当である。加えて,製薬会社は,医師等に対し,添付文書に記載された情報を補完するため、製品情報概要,医薬品インタビューフォーム等により情報提供を行うことがあるから,指示・警告上の欠陥の判断においては,添付文書の記載を中心としつつ,副次的に,当該医薬品の販売に際して製薬会社が医師等に対して提供した上記各文書の内容をも併せ考慮するのが相当である。(V-104)
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イ 平成14午7月当時の分子標的治療薬に関する知見
分子標的治療薬は,従来の殺細胞性抗がん剤とは異なる作用機序を有する新しいタイプの抗がん剤であり,イレッサが承認された平成14年7月当時,抗悪性腫瘍剤として承認されていた分子標的治療薬は,平成13年4月に承認されたハーセプチン,同年9月に承認されたリツキサン,同年12月に承腿されたグリベックのみであり,その他の多くの分子標的治療薬は未だ開発段階にあったもので,その作用機序についても十分に解明されていない部分があったことが認められるから,分子標的治療薬に関する理解が医療現場における医師等の間に十分浸透していたということはできず,分子標的治療薬を用いたがん治療にたずさわる医療現場の医師等は,分子標的治療薬に関する医学雑誌の論文や,製薬会社が公表する情報等の限られた情報源から,分子標的治療薬の特徴,有効性,危険性等に閲する情報を収集するほかない状況にあったということができる。(V-108)
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さらに,イレッサは,従来の抗がん剤のように医療機関において長時間の点滴を必要とするものではなく,錠剤を1日1剤経口投与するものであり,かつ,肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有する医師や,緊急時に十分に措置できる医療機関における使用が限定されたものではなかったから,イレッサの販売時においては,必ずしも肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師が処方することも想定され,かつ,緊急時に十分な措置をすることができる医療機関に限らず,患者が自宅で経口投与することが想定されていた状況にあった。(V-112)
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当時の医師が従うべき主要な情報が添付文書だと認めているのに、添付文書を疑って当然と結論づけているのだから、これは初歩的な論理矛盾である。 「4 指示・警告上の欠陥について」が書かれたV-101から124までに挙げられた医師の判断に影響を与えたとされる添付文書以外の情報は次のとおり。

  • 製薬会社がプレスリリース、ホームページ上の記事、記者会見で公表した情報
  • 製薬会社が刊行した雑誌、小冊子
  • 医療現場の医師等のイレッサに対する認識
  • イレッサが経口薬であった事実に基づいた誤解

「副次的に」「併せ考慮する」とした「製品情報概要」や「医薬品インタビューフォーム」については一切言及されていない。 大阪地裁が「指示・警告上の欠陥」の判断材料として「添付文書に記載された内容を中心に判断するのが相当」「副次的に,製品情報概要,医薬品インタビューフォーム等の内容をも併せ考慮するのが相当」としているのだから、大阪地裁は信じるべき優先順位を次の様に認定したのである。

  1. 添付文書
  2. 製品情報概要,医薬品インタビューフォーム等
  3. その他

添付文書よりも信じるべき優先順位の高い情報に「イレッサの副作用はほとんどない」と書かれていたと言うならば、確かに、添付文書に書いてある副作用を軽視しても当然だろう。 しかし、「イレッサの副作用はほとんどない」と誤認させる情報として裁判所が認定した情報は、いずれも、添付文書よりも格下の情報である。 添付文書よりも格下の情報を添付文書よりも優先して信じることを理由にして、添付文書の記載が不十分と言うのでは、論理的に破綻している。 具体的な論理の破綻部分については、後に詳しく述べる。

プレスリリースやホームページにおいても,ZD1839の副作用は軽度から中程度の皮膚反応や下痢にとどまるなどとして,副作用が少ないということをイレッサの特筆すべき長所として強調する一方,間質性肺炎の危険性を公表していなかった。(V-113)
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平成14年7月当時の薬剤性間質性肺炎についての知見は,抗がん剤による薬剤性間質性肺炎の予後が不良であって重篤で致死的な転帰をたどるとの知見が存在していたとまでいうことはできず,抗がん剤ごとに発症頻度,発症傾向,予後等については異なるとの考え方が一般的であった。(V-114)
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さらに,前記第5の1(3)及び(4)アの認定事実によれぱ,使用上の注意通達によれば,「副作用」の記載は,内容からみて重要と考えられる事項については,記載順序として前の方に配列することとされていたところ,イレッサの第1版添付文書において,間質性肺炎は,「重大な副作用」欄の「1)重度の下痢,脱水を伴う下痢」,「2)中毒性表皮壊死融解症,多形紅斑」,「3)肝機能障害」に続けて最後に記載されていたのであるから,間質性肺炎は,上記4つの重大な副作用の中でも,その内容から見て重要とは考えられないものと解釈されるおそれのある記載であったということができる。(V-114)
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「使用上の注意通達」を製造物責任法の「通常有すべき安全性」を拡張する根拠と見なすのは、明らかな論理の飛躍である。 何故なら、この「使用上の注意通達」の何処にも医師の責任を軽くするとは書いてないからである。 以下、論理の飛躍の詳細については後に詳しく述べる。

以上によれば,被告会社は,間質性肺炎を重大な副作用欄の最後に記載するのみでは,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎の発生傾向や予後について,医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師等の間において,危険性の認識の程度に差が生じる可能性があることを認識し得たものということができる。(V-115)
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「以上によれば」の前後が全くつながっておらず、「危険性の認識の程度に差が生じる可能性があることを認識し得た」と結論づけた根拠が示されていない。 その詳細は、後に述べる。

しかし,添付文書の記載内容については,ソリブジン事件により,使用上の注意欄に記載されていても,なお,医療現場におけるとらえ方の違いにより,危険性の認識の程度に差が生じていたことにより副作用被害が生じたことから,記載,表現のあり方等について見直しがされ,特に注意を喚起する必要がある場合には,警告欄等に記載することにより注意喚起を図る必要があることとされた経緯がある。(V-120)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)

ソリブジン事件は併用による相互作用の問題であって、イレッサのような単剤の副作用とは根本的に違う。 その詳細は、後に述べる。

論理矛盾 

大阪地裁は、次の2つの理由により、「必ずしも肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師」を「平均的な医師」だと結論づけている。

  • イレッサは経口薬であった。
  • イレッサの使用は限定がなかった。

しかし、何れの理由においても大阪地裁は初歩的な間違いを犯している。 前者については次項で述べることとし、この項では論理矛盾である後者の方について述べる。

本当に、「肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有する医師」に使用が制限されなければ、「必ずしも肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師が処方することも想定され」るのか。 百歩譲ってそうだとしても、「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」ならば、当然、それを補う努力が為されなければならない。 そして、大阪地裁は、足りない「十分な知識と経験」を補うための情報源を次のとおり認定している。

  • 「医療現場の医師等」は「医学雑誌の論文や,製薬会社が公表する情報等の限られた情報源」から「情報を収集するほかない状況にあった」
  • 「当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報(指示・警告)が提供されたか否かは,添付文書に記載された内容を中心に判断するのが相当」

このように、当時、添付文書が最も重要な情報源だったことは、大阪地裁も認めている。 最高裁判例にて 医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。 医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。 平成4(オ)251 損害賠償 平成8年01月23日 最高裁判所第三小法廷 と判示されるように、「十分な知識と経験を有する医師」でさえ「当時の医療慣行」などの曖昧な基準に従って添付文書に反することは許されない。 当然、他の情報源を持たないような「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」が、合理的根拠もなく添付文書に反して良いはずがない。 もちろん、そうした不心得な医師がいることが予見不可能だったとまでは断言できないだろう。 しかし、それは、そのような不心得な医師が「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」となる理由とはならない。 これは、製造物責任法の逐条解説の 折り畳みナイフを罐切りとして使用している際に柄が折れて手を切ったとしても、ナイフの通常予見される用途を逸脱しているために、欠陥責任を問えないことになる 製造物責任法の逐条解説北川俊光 と同じだろう。 折り畳みナイフを罐切りとして使用する不届き物が1人や2人居ることは十分に予見可能であろう。 しかし、それは、製造物責任法第二条第二項の「通常予見される使用形態」には該当しないのである。 これと同じく、「十分な知識と経験を有する医師」でさえ添付文書違反は難しいのに、「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」が軽々しく添付文書違反を行なうことは、「通常予見される使用形態」に該当するはずがない。

以上により、「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」は、次のいずれかしかあり得ない。

  • 「肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有する医師」
  • 「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」だが添付文書を重視して慎重に投与する医師

大阪地裁判決の定義のような「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」で、かつ、添付文書を軽視する医師は、「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」にはなり得ない。 大阪地裁判決は、一種のダブルスタンダードによって生じた論理矛盾である。

  • 記載の不備を問うときは添付文書を最も重視すべき情報だと位置づける
  • 「必ずしも肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師」は添付文書よりも不確かな情報を重視する

この2つの前提が両立するためには、「十分な知識と経験を有するとは限らない医師」の重大な過失が必須となる。 そして、医師の重大な過失が存在する前提であるならば、それは、「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」ではない。

経口薬 

経口薬であることを理由に「副作用に関する警戒を十分にしないまま広く用いられる危険性があった」とするのは素人判断に基づいた根本的な勘違いである。 安全性の都合による区別は、医療用医薬品と一般用医薬品の区別であって、点滴薬と経口薬の区別ではない。 点滴薬とするか経口薬とするかは、技術的都合と利便性の都合で決められるものであって、安全性の都合によって決められるわけではない。 医療用医薬品である以上、経口薬であることは副作用を軽視して良い理由にはならない。 事実、イレッサ発売より3年半前の1999年1月に発売された経口抗がん剤TS1はフルオロウラシル系抗がん剤であり、点滴薬と比べて安全性が優れているわけではない。 確かに、TS1より古い経口抗がん剤であるUFTやフルツロンは副作用が少なかった。 しかし、それは有効成分の血中濃度が短時間で下がるためであり、経口薬だからではない。 全く別の理由で副作用の少ない抗がん剤として、クレスチンやピシバニールなどがある。 これらの抗がん剤の副作用が少ないのは、経口薬だからではなく、効かないからである。 がん告知がタブーだった日本では、こうした効かない抗がん剤が多用されてきた。 患者にがんだと告知したくない、でも、可能な限りの治療はしてあげたいと家族から懇願される。 しかし、副作用が出ると患者にがんだと気づかれてしまう。 だから、副作用の出にくい治療法しか選べない。 大抵の患者には効かないが、極まれに良く効くことがあるという、いわば、効けば儲け物的な治療であり、アリバイ的治療とも言う。 一方、TS1は、経口薬でありながら血中濃度を長時間持続させることに成功したため、ちゃんと効く抗がん剤となった。 そうした原理を考慮すれば、同じ効果が得られるようにしているなら、点滴薬より安全とはなり得ない。 TS1が作られた理由は、効果に関する欠点が克服できたことと、経口薬の方が利便性が向上するからであって、安全性の都合とは無関係である。 以上のとおり、医療用医薬品である以上、点滴薬と経口薬の安全性に差がないことは、医師の間では常識である。 TS1の例を見れば分かる通り、少なくとも、がん治療分野においては医師の間では常識と言える。 経口薬だから安全と考えるのは、医療知識に乏しい素人考えに過ぎない。

ただし、経口薬であるがゆえに「広く用いられる」ことになり、その結果として、「副作用に関する警戒を十分にしない」事例も増えることはあり得る。 しかし、その場合は、経口薬であることは「副作用に関する警戒を十分にしない」事例が発生する原因ではない。 その場合は、根本的な原因を解決すべきなのであって、経口薬であることを問題にするのは筋が違う。

「使用上の注意通達」 

使用上の注意通達は、医薬品による副作用被害を防ぐことを目的として出されたものであって、医師の責任軽減のために製薬会社に医師の責任の一部を転嫁することを目的として出されたものではない。 製薬会社の責任を重くした分だけ医師の責任を軽くしたのでは、結果として、副作用被害は減らないことになり、それでは本末転倒である。 よって、通達に記載されていない医師の責任軽減の意図があると解釈することは困難である。 医師の重大な義務に違反した使用例が「通常予見される使用形態」に含まれるはずがなく、「通常予見される使用形態」から外れた違法な使用例にまで対応した安全性が「通常有すべき安全性」であるはずがない。 よって、医師の責任範囲が変わらないのであれば、「通常有すべき安全性」が拡張されるとは言えない。

確かに、「使用上の注意通達」は、医薬品の安全性は【その通達以前における「通常有すべき安全性」】を備えているだけでは不十分だと読める。 そして、他の条件を考慮しなければ、その意味として、次の2通りの可能性があるとまでは言えるだろう。

  • 医薬品は「通常予見される使用形態」以外の使用形態も想定する必要があり、「通常有すべき安全性」以上の安全性がなければならない
  • 違法な使われ方をしても可能な限り害が生じないようにすることまでも、医薬品の「通常有すべき安全性」に含める

しかし、医師の責任範囲が変更されていない以上、後者の解釈(「通常有すべき安全性」を拡張した)を採用する余地はない。 よって、前者の解釈(医薬品に「通常有すべき安全性」以上の安全性を求めた)しかあり得ない。 この通達の何処にも、医薬品の「通常有すべき安全性」を拡張したことを意味する文言はない。

最高裁判例で 医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。 平成4(オ)251 損害賠償請求事件 平成8年01月23日 最高裁判所第三小法廷 必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。 平成12(受)1556 損害賠償請求事件 平成14年11月08日 最高裁判所第二小法廷 と判示されているように、医師には添付文書等に従う義務があるのだから、医師がその義務を果たすことが「通常予見される使用形態」の大前提となる。 「使用上の注意通達」は、この医師の義務を免除するものではないのだから、当然、「通常予見される使用形態」を拡張するものではない。 「使用上の注意通達」は、何らかの事情で医師がその義務に反することがあることを前提として添付文書を書くことを求めたものであって、医師が合理的理由なくその義務に反する場合を「通常予見される使用形態」に含めるとしたものではない。

ただし、資格なしに扱える製品であれば、製品の安全性向上を求める通達によって「通常有すべき安全性」が拡張されたと考えることは可能である。 というのも、一般消費者には、有資格者に課せられるような義務は存在しないからである。 つまり、資格なしに扱える製品においては、その通達以外に「通常予見される使用形態」を規定する根拠がないのである。 だから、安全性向上通達が「通常予見される使用形態」における予見すべき事例を拡張したと考えられ、その結果として、「通常有すべき安全性」が拡張されたと考えることができる。 しかし、医療用医薬品は、医師の管理の元でしか投与できないのだから、医師の責任軽減がない以上、このような「通常予見される使用形態」を拡張したとする解釈を採用する余地は全くない。

重大な副作用 

確かに、「上記4つの重大な副作用」の中の相対的な比較としては「重要とは考えられないものと解釈されるおそれ」があっただろう。 しかし、そのことは間質性肺炎の絶対的な重要性の認識とは全く関係がない。 副作用は「重大な副作用」と「その他の副作用」に分けて書かれているのだ。 確かに、両者を分けずに、単に「副作用」とだけ書いて並べたならば、相対的な認識が絶対的な認識に悪影響を与えた可能性はある。 しかし、「重大な副作用」欄に書いてある以上、その欄に書いてあることが、その副作用の重要度の絶対的な位置付けを示していることは明らかである。 よって、「重大な副作用」の中の相対的な位置付けがどうであろうとも、それによって絶対的な重要性の認識が低下するはずがないのである。

そもそも、「プレスリリースやホームページ」で「間質性肺炎の危険性を公表していなかった」のであり、かつ、「薬剤性間質性肺炎についての知見」について「抗がん剤ごとに発症頻度,発症傾向,予後等については異なるとの考え方が一般的であった」のであれば、イレッサの間質性肺炎の「予後」について判断する根拠はないのであり、「重篤で致死的な転帰をたどる」ことはないという知見も存在し得ない。 「重大な副作用」欄に記載されており、かつ、それが「重篤で致死的な転帰をたどる」可能性を否定する情報もないのに、事実関係を確かめもせずに「重篤で致死的な転帰をたどる」ことはないと決めつけたならば、それは医師の過失ではないのか。 とすれば、「イレッサを使用することが想定される平均的な医師等」であれば、疑問点には、当然、問い合わせてくるはずだと、製薬会社が考えたとしても仕方がないのではないか。 「イレッサを使用することが想定される平均的な医師等」が、根拠もなく勝手に「重篤で致死的な転帰をたどる」ことはないと決めつけて、製薬会社に事実関係も問い合わせず、かつ、間質性肺炎の対策も講じずに投与することまでは「認識し得た」とは言えないのではないか。

大阪地裁は、 医療用医薬品については,製薬会社は医師等に対して処方に必要な情報を提供し,これらの情報の提供を受けた医師等が,自らの医学に関する専門的知識を踏まえて医学的判断を行い,患者に対して説明することが予定されているものであるから,製造物責任法上の指示・警告として,製薬会社が,直接患者に対して,患者が医療用医薬品を服用するか否か等を判断するのに必要な情報を提供することは予定されていない(V-103) 製造物責任法上,製薬会社が,医療用医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な指示・警告をする対象者は医師等であって,患者はこれに含まれない(V-104) 大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団 としておきながら、素人判断を基準にして「重要とは考えられないものと解釈されるおそれのある記載」とするのでは、主張の一貫性に欠ける。

ソリブジン事件 

ソリブジン事件は併用による相互作用の問題であって、イレッサのような単剤の副作用とは根本的に違う。 相互作用を起こした両剤は別々の医療機関等で投与または処方されることが多い医薬品であり、医師や薬剤師が併用の実態を掴んでいなかったことがソリブジン事件の主要な原因である。 つまり、ソリブジン事件で言う「医療現場におけるとらえ方の違い」とは、「相互作用の安全性が確認できない限りその医薬品を使うべきではない」と考えるか「そこまで厳密な確認を求められたら相互作用に注意すべき医薬品は一切使えない。そんなことを言っていたら現場の医療が滞る。」と考えるかの違いなのである。 ソリブジン薬害で医師が訴えられた唯一の例で併用されていた抗がん剤は、効かない代わりに副作用もないことで有名なフルツロンであった。 ソリブジンは、フルツロンのような、血中濃度がすぐ下がるために効かない抗がん剤でさえ、血中濃度を異常に高めて患者を死に至らしめたのである。 本来副作用が極めて少ないはずの抗がん剤との併用でも死亡例が出たのだから、相互作用の確認を厳密に行う必要があることは誰が見ても明らかであろう。 だから、どんなに確認が困難な場合であっても併用医薬品を徹底的に調査すべき、非協力的患者の尻を叩いてでも情報を引き出すべきとする共通認識を植えつける必要があったのである。 決して、ソリブジン事件のような事情(併用薬の確認が困難であった)もないのに「重大な副作用」欄を軽視する馬鹿医師の暴走のことを「医療現場におけるとらえ方の違い」としているわけではない。 ソリブジン事件の「教訓」に基づいた改善は、医師や薬剤師が併用を把握していない事態をなくすためのものであって、添付文書の記載方法はその対策の1つに過ぎない。 ソリブジン事件の「教訓」は、「馬鹿医師の暴走を避けるために添付文書の記載方法を工夫しよう」ということではないのだ。

重大事項の判断漏れ 

別途検証したように全ての副作用死が医師の過失だとは限らないが、少なくとも、殆どの原告のケースは明らかに医師の過失である。 原告の主治医は、何ら根拠もなく「それほど大した副作用はないと思いますよ」と言い、副作用への警戒を完全に怠り、いざ副作用が生じても添付文書等を参考にすることもなく、ただ、何もせずに死ぬまで様子を見ていただけである。 マトモな医者なら、これより少しはマシな対応をとっているだろう。 どう贔屓目に見ても、原告の主治医は「医療現場においてこれを使用することが想定される平均的な医師」よりも大きく劣っている。 さすがに、ここまで酷いケースは珍しい。 このケースにおいて国や製薬会社の責任を問うのは医師の責任転嫁以外の何物でもない。

公開されたデータ 

1.アストラゼネカは、東京女子医科大学が行った前臨床試験の発表を認めなかったのか。
実験結果がアストラゼネカにとって不利なものであるとの理由で報告に対して同意しなかったわけではありません。 データは2002年7月5-6日のTokyoLungResearchConferenceや、2002年11月の日本肺癌学会で発表されました。
東京女子医科大学での研究は、アストラゼネカが原末(ゲフィチニブ)を提供し、前臨床試験の原末提供契約のもと行われました。 契約事項には、発表案提出の2カ月前までにアストラゼネカ社に発表内容を提示し、当社がデータの科学的な評価を行うことが記載されています。 この評価は、当社に有利・不利を判断するためのものではありません。
2001年10月に著者らが最初に発表案を提出された時には、当社はこれを検討することができませんでした。 これは、抄録に実測値データがなかったこと、また抄録の到着が抄録提出期限の直前だったことが理由です。
また、2002年5月の2回目の発表案提出時には、当社は1カ月以内で抄録を審査しました。 これにより、抄録提出期限である5月31日に間に合い、7月5-6日のTokyoLungResearchConferenceで発表されました。 この時点(5月)では、本データを厚労省に報告しませんでした。理由は下記の通りです。
・ブレオマイシン肺線維症研究の報告には、イレッサのみの対象群がなく、実験系の信頼性が十分ではないと判断した。
・使用用量が臨床使用と比較してかなり高用量だった。(約50倍
以上のことから、本データをヒトに直接外挿することはできないと判断しました。
イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)についての報道に関するアストラゼネカの見解(http://www.astrazeneca.co.jp/activity/other/detail/03_03_11.html)

製薬会社の言い分によれば「2002年7月5-6日のTokyo Lung Research Conference」にて前臨床試験の発表が為されている。 イレッサの発売前には、約50倍の高用量投与による肺線維症(間質性肺炎がさらに進行したもの)の可能性を示唆するデータが発表されていた。 これでも製薬会社は「間質性肺炎が発症する可能性」を隠していたと言うのだろうか。 これでもプレスリリース、ホームページ上の記事、記者会見で公表した情報、製薬会社が刊行した雑誌、小冊子以外に情報がなかったと言うのだろうか。

まとめ 

大阪地裁の考える「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」像は次のとおりである。

  • 製薬会社の宣伝を鵜呑みにする。
  • 致死的な副作用を4つ並べると、4番目は重要ではないと解釈する。
  • 何ら合理的な理由なく、その時点で最も重視すべき情報(当時は医薬品の添付文書)を軽視する。
  • 必要性があっても文献参照などの可能な限りの最新情報を収集しようとはしない。
  • 十分な知識もないのに未経験の医療行為に対して無警戒に挑戦する。
  • 医療用医薬品であっても経口薬は副作用を気にせずに投与して良いと考える。

大阪地裁は、この「平均的な医師」像を根拠にして、「通常有すべき安全性」を欠いていると判断した。 しかし、これを「平均的な医師」と認定した根拠は判決文の何処にも書かれていない。 一方で、一般常識的な感覚における「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」像は次のとおりであろう。

  • 製薬会社の宣伝は話半分に聞く。
  • 何番目であろうとも、致死的な副作用である限り、重要であると解釈する。
  • 合理的な理由がない限り、その時点で最も重視すべき情報(当時は医薬品の添付文書)には可能な限り従う。
  • 必要に応じて文献参照などの可能な限りの最新情報を収集しようとする。
  • 未経験の医療行為に挑戦するときは、経験不足や知識不足を補うための最大限の努力をする。
  • 経口薬であっても医療用医薬品であれば、副作用については警戒が必要と考える。

大阪地裁の言う「医療現場においてこれを使用することが想定される平均的な医師」は、判決を読めば読むほど理解に苦しむ。

「欠陥」と損害の間の因果関係との関連性 

製造物責任法では、「通常有すべき安全性」の判断が適正に行なわれていれば、「欠陥」と損害の間の因果関係は立証するまでもない。 というのも、「通常有すべき安全性」を備えているならば、「通常予見される使用形態」では損害は発生し得ないからである。 だから、製造物に「欠陥」があって損害も発生したならば、当然、「欠陥」がなければ損害も発生しないと予想できる。 その予想は「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる」ものであるから、「高度の蓋然性」レベルで立証されることになる。 以上を言い替えると、「通常有すべき安全性」は次の2つの条件を満足することが必要だと言える。

  • 製造物の安全性を改良する必要性がある=改良によって損害の発生が防げる(「欠陥」と損害の間の因果関係と重大な関連性)
  • 上記のことを製造物引き渡した時期に予見できた(「通常予見される使用形態」と重大な関連性)

だから、前者を満足しているならば、ほぼ、自動的に「欠陥」と損害の間の因果関係も立証できるのである。 イレッサ“薬害”訴訟で「高度の蓋然性」が成立しないのは、本訴訟の「指示・警告上の欠陥」が前者を満足していないからである。 つまり、「通常有すべき安全性」の判断を根本的に間違っているのである。

通常有すべき安全性 通常予見される使用形態
「重大な副作用」欄の記載で十分「重大な副作用」欄を軽視しない
「重大な副作用」欄の記載では不十分だが、「警告」欄の記載で十分「重大な副作用」欄は軽視するが、「警告」欄は重視する
「警告」欄の記載では不十分「警告」欄も軽視する

判決では、「使用上の注意通達」を「通常有すべき安全性」を拡張する根拠としているが、その解釈に無理がある。 「通常有すべき安全性」を備えているならば、当然、「通常予見される使用形態」での損害は発生しない。 よって、「使用上の注意通達」に従うことが「通常有すべき安全性」を備えることならば、「使用上の注意通達」に従えば「通常予見される使用形態」での損害は発生しない。 つまり、判決が正しいならば、「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師等」は、「重大な副作用」欄は軽視するが、「警告」欄は重視することになる。 だが、その前提に無理があることは、「欠陥」と損害の間の因果関係に示した通りである。 よって、次のいずれかでしかありえない。

  • 「使用上の注意通達」に従わなくても「通常有すべき安全性」を欠いたとは言えない
  • 「使用上の注意通達」に従っただけでは「通常有すべき安全性」には満たない

以上のとおり、「使用上の注意通達」は「通常有すべき安全性」を拡張する根拠となり得ない。

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