イレッサの真実

イレッサは悪魔の薬か? 

原告は、イレッサの副作用死率が他の抗がん剤と比べて突出して高いと主張する。

年度 新規投与患者数 死亡報告数 大凡の死亡率 累積死亡率
2002年度58042424.17%4.17%
2003年度82312002.43%3.15%
2004年度93291331.43%2.46%
2005年度8078680.84%2.05%
2006年度9165640.70%1.74%
2007年度8578290.34%1.50%
2008年度8899510.57%1.35%

この表は、弁護団の主張に沿って修正した値を採用している。 弁護団の表では各年度別の死亡率を出さずに、累積死亡率だけを出しているが、それは非常に不可解である。 この表の単年度死亡率は死亡報告数÷新規投与患者数で計算しているが、前年度から引き続き使用している人もいるだろうから、実際の分母はもっと大きいと推定される。 とはいえ、耐性が出て投与を打ち切った人や、副作用と無関係な死亡例もあるだろうから、単純に新規投与患者数を累積した値を分母とすることはできない。 しかし、2008年度の単年度は死亡率は0.57%より低いだろうという推測は成り立つ。 それがイレッサを悪魔の薬に仕立てるには不都合だったのではないか。 だから、弁護団は意図的に単年度死亡率を表に盛り込まなかったのではないか。

さて、この数字を他の抗がん剤と比較してみよう。

また、肺がんに対する放射線+化学療法による治療に関連した死亡は、米国、カナダではそれぞれ10%と15%。それに対して大阪3%、東京8%です。一方、5年生存率は米国・カナダが34%、東京・大阪が13%です。つまり、根治が期待される治療法を受けるには、これぐらいのリスクを覚悟して判断をしないといけないわけです。
米国でつくられ注目されている「タキソール」という薬があり、一方、「塩酸イリノテカン(CPT-11)」というわが国でつくられた非常にいい、最近注目されている薬がありますが、CPT-11は非常に強い副作用でたくさんの人が死んだと報道された薬です。薬が売られる前の臨床試験中、4.4%、55名の人がその治療による死亡を経験しています。市販後の死亡例数が――これが新聞に載った数字でありますが――0.77%です。
一方、米国におけるCPT-11は、臨床で2,360人に投与され、111人、4.7%が早期死亡、治療関連死が0.6%で、先ほどのわが国の数字と同じということになります。
抗がん剤の有効性と危険性-国立がん研究センター中央病院(http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/lecture/19980530.html)

見ての通り、使われ始めた頃の数値と普及時の数値を比べると、イレッサとCPT-11では大差がない。 抗がん剤の専門医に言わせれば、CPT-11も他の抗がん剤と死亡率は大差ないと言う。 であるならば、イレッサは悪魔の薬とはとても言えまい。

副作用死率が大差ないなら、存在意義がない…というわけではない。 抗がん剤には薬剤耐性があり、その場合のセカンドライン治療が必ず必要になる。 また、抗がん剤の効き目や副作用には個人差があり、人によって使える抗がん剤は違う。 よって、既に複数の治療法があっても、特定の患者には全て使えないケースも存在するため、既にある治療法と治療成績が大差ない抗がん剤も必要なのである。 さらに言うと、ある患者にある抗がん剤の副作用が原因で使えない場合、それと同種の副作用のない抗がん剤は非常に有用と言える。 たとえば、一般的な抗がん剤には、骨髄抑制と呼ばれる免疫力低下の副作用がある。 それ故、悪液質症状で免疫が低下している人、元々白血球数が少ない人、B型肝炎無症候性キャリアor既往感染例には一般的な抗がん剤は使いにくい。 それに対して、イレッサの様に骨髄抑制のない抗がん剤は、これらの患者にも使いやすい。 たったそれだけのことでも、新種の抗がん剤には存在意義があるのである。

承認手続 

イレッサを悪魔の薬に仕立て上げたい人は、イレッサが奏効率だけで承認されたことをまるで陰謀であるかの様に語っている。 彼らは、生存期間の延長がない医薬品は承認すべきではない、イレッサだけを特別扱いするのは製薬会社との不正な癒着だと言う。 しかし、事実をよく調べてみると、奏効率だけで承認したのは日本だけではないのである。

日本の厚生労働省に相当する米国FDAは、この5月5日にイレッサを承認したと発表しました。
ただし、非小細胞肺癌の標準治療薬である白金系抗癌剤やドセタキセルで治療しても、症状が進行してしまった患者に限定使用するという条件付きの承認であるとのことです。FDAはイレッサの終了審査期間を2月5日から3カ月間延長し5月5日まで伸ばしており、日本での動向をみて慎重に対応したと思われます。
いまのところ、FDAのホームページ中、http://www.fda.gov/bbs/topics/NEWS/2003/NEW00901.htmlでみることができます。
イレッサその後-他では聞けないくすりのはなし(http://web.archive.org/web/20071218111015/d-inf.org/drug/iressa2.html)


まず、FDAのほうから。世界に先駆けて日本国内でまず承認されたイレッサですが、アメリカでも2003年に承認されています(「イレッサその後」の項の追加情報として書きました)。しかし、2004年12月17日付で「市場からイレッサを回収するか、ほかに妥当な規制措置を取るか決める予定」との声明を出しています。がんの縮小だけで迅速的に承認をしたけど、イレッサ投与による生存期間の延長が認められないという結果なら、しかるべき措置を執るということです。
FDA Statement on Iressa
http://www.fda.gov/bbs/topics/news/2004/new01145.html
イレッサは効くの?効かないの?-他では聞けないくすりのはなし(http://web.archive.org/web/20071218111028/d-inf.org/drug/iressa3.html)


まず1つはINTACT1・2という試験です。
イレッサが承認され、一般に販売されるようになった直後の2002年8月に結果が公表されました。
この試験は、従来の抗がん剤に偽薬をあわせて飲むグループとイレッサを上乗せして飲むグループとに分け、生存期間を比較するというものです。
その結果、偽薬グループが11.1ヶ月だったのに対し、イレッサを飲んだグループでは9.9ヶ月になってしまったようです。
現役歯学生のBlog!(移転の為更新停止):薬害イレッサについて(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?blog.livedoor.jp/udnkui/archives/23684138.html)

なんと、米国FDAも奏効率だけで承認しているのである。 しかも、米国FDAは、日本での薬害騒ぎを受けて審査を3ヶ月延長しているのである。 さらに、日本の承認の後、米国FDAが承認する前には最初の生存期間の比較データが出ているが、そのデータではイレッサは生存期間を全く延長していないのである。 むしろ、このデータはイレッサが生存期間を縮める可能性を示唆している。 それでも、米国FDAはイレッサを承認したのである。 それなのに、日本の承認だけが特別におかしいと言えるのか。

いや、米国では承認を取り消したじゃないか、日本が取り消さないのはおかしい、という人は次の情報も見てもらいたい。

その後2009年7月1日欧州医薬品局は、後述のINTEREST試験とIPASS試験の2つの無作為化第III相臨床試験の結果をもとに、成人のEGFR遺伝子変異陽性の局所進行または転移を有する非小細胞肺癌を対象にイレッサの販売承認を行った。2009年現在イレッサを承認している国は、日本を含めたアジア諸国、欧州、およびオーストラリア、メキシコ、アルゼンチンである。
Wikipedia:ゲフィチニブ

それからしばらくして、使用制限付きとはいえ、欧州医薬品局もイレッサを承認している。 平たく言えば、効く人相手には使っても良いということである。 「成人のEGFR遺伝子変異陽性の局所進行~なんちゃら」は、その効く人を選別する手段に過ぎない。 だとすれば、日本でも効く人限定で使わせることには何らおかしいことではないだろう。

ただし、承認後の日本での動きは、データよりも経験則を重視し過ぎている。 そのようなやり方は手続としては少々疑問が残るところだが、そうせざるを得ない理由があるのである(次項で説明)。 欧州での承認状況を見る限り、手続はともかく、結果論として、イレッサの扱いに間違いがあったとは言えない。 よって、厚生労働省が次のような態度を取るのは当然のことと言える。

政府内では、厚生労働省を中心に「国の承認審査や市販後の安全対策に問題はなかった」との意見が根強く、仮に1審で敗訴しても高裁の判断を仰ぐべきだとの考えが有力になっている。
イレッサ副作用死:投薬訴訟 政府、和解拒否で調整 医療現場萎縮を考慮-毎日jp(毎日新聞)(http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110125ddm041040068000c.html)


政府としては、国が勧告を受け入れ責任を認めてしまうことで、抗がん剤などの承認審査や医療現場が萎縮してしまう影響も考慮した模様だ。
イレッサ副作用死:投薬訴訟 政府、和解拒否で調整 医療現場萎縮を考慮-毎日jp(毎日新聞)(http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110125ddm041040068000c.html)


厚労省の担当者は「副作用が有効性よりも重視されるということになれば、医薬品の承認の在り方に影響を与えることになる」と話し合いのテーブルに簡単につけない理由を話した。
【薬害イレッサ訴訟】和解に応じれば…厚労幹部「薬事行政の根幹揺るがす」-MSN産経ニュース(http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110112/trl11011219180085-n1.htm)


医薬品副作用被害対策の担当者は「副作用を見逃したり、無視したわけではない。イレッサの承認が問題となれば、他の新薬の承認で慎重にならざるを得なくなる」と強調。海外で使える医薬品が日本で使えないドラッグ・ラグの原因になると指摘する。
【薬害イレッサ訴訟】和解に応じれば…厚労幹部「薬事行政の根幹揺るがす」-MSN産経ニュース(http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110112/trl11011219180085-n1.htm)

これは、感情論に流されずに、冷静な判断で、国民の利益を優先した結果である。 原告側が薬事行政の大幅後退を求めている以上、和解できる余地は全くない。 仮に、敗訴したとしても、裁判所が薬事行政の後退を命ずるとは限らない。 それならば、少しでも薬事行政が前進する可能性を選ぶべきだろう。 厚生労働省は、薬事行政が後退するような和解は決して受け入れるべきではない。

判決 

イレッサ“薬害”訴訟大阪地裁判決では次のとおり認定している。

前記第5章第2の2(3)の認定・判断のとおり,平成14年7月当時,承認前には,比較臨床試験が実施されることは不可欠ではなく,腫瘍縮小効果(抗腫瘍効果)を代替評価項目として有効性を評価することには合理性があったというべきである。(V-92)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)


仮に標準的治療法を対照群とした第III相試験において優越性ないし同等性が統計学的に証明されなかったとしても,II相承認の制度のもとでは承認時の有効性は既に肯定されているのであるから,そのことから直ちに当該医莱品の有効性が遡って否定されるものではない。(V-93)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)


第III相試験の試験デザインや規模などによっては,統計学的に適切な結果が得られないこともあり得るのであるから,第III相試験の結果において標準的治療法に対して優越性又は同等性を統計学的に示すことができなかったとしても,その事実のみをもって直ちに当該医薬品の有効性が否定されるものではない。 科学的な根拠に基づいて医薬品の有用性を判断すべきであるということと,第III相試験により全生存期間の延長について標準的治療法に対して優越性を示すということは同義ではないにもかかわらず,原告らの上記主張は,その前提において両者を混同するものであるか,その両者の関係の一部のみを取り出したものであるとの疑いがある。
また,第III相試験では,日本人患者の全生存期間の延長は確認されていないが,代替評価項目である無増悪生存期間から真の評価項目である延命効果があることを推測することができ,ファーストライン治療におけるEGFR遺伝子変異陽性の日本人を対象とした第III相試験(IPASS試験及びNEJ002試験)では無増悪生存期間の延長が確認されたのである。したがって,日本人を対象にした第III相試験で延命効果が確認されていないという原告らの主張の前提は認められないものである。(V-97)
大阪地裁判決第五分冊-薬害イレッサ弁護団(http://iressa.sakura.ne.jp/jump.cgi?iressabengodan.com/2011/02/26/data/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%88%86%E5%86%8A.pdf)

大阪地裁は、奏効(腫瘍縮小率)率や無増悪生存期間といった代替評価項目から延命効果の推測は可能としている。 代替評価項目に基づく抗がん剤の承認基準は何らおかしなものではない。

早期承認と承認継続の理由 

がん治療の治療法や医薬品は必ずしも十分ではない。 日本では、欧米と比べて医薬品の承認の遅れ=ドラッグ・ラグがあると言われる。 しかし、実態はもっと酷く、大昔の医薬品が日本では未だに承認されていない=ドラッグ・レスの問題も大きい。 具体的にどんな医薬品が承認されていないかは、次の挙げるリンク先を見てもらいたい。

少し古いデータなので、現在では承認されているものもある。 こうしたドラッグ・ラグやドラッグ・レスはなかなか無くならない。 それは、製薬会社がこれらの医薬品の承認申請をして来ないからである。 イレッサは、こうしたことが問題になっている中で、出てきた医薬品である。 実は、「夢の新薬」という謳い文句以上に、日本で使える医薬品が少ないからこそ、イレッサは日本で引っ張りダコになったのである。 古い医薬品の承認数が少ない以上、患者の選択肢を増やすには、製薬会社が申請してくる数少ない候補を優遇する他ない。 だからこそ、厚生労働省は、新薬のスピード審査に取り組んだのであり、その象徴的な医薬品がイレッサだったのである。 イレッサが優遇されたのは、厚生労働省が製薬会社と癒着していたからではない。 ドラッグ・ラグやドラッグ・レスを何とかしろという患者団体の強い要望への代替案だったのである。

承認継続した理由も早期承認とだいたい同じである。 患者の立場に立てば、ただでさえ治療法が少ないのに、せっかくの新薬が取り消されてはたまらない。 マスコミ等が手の平を返したようにイレッサを悪魔の薬と報じたとき、患者達は一斉に猛反発したのである。 「我々の数少ない治療法を取り上げるな」と。 欧米の標準治療薬が使えたとしても、それでも、治療法の選択肢が多いとは言えない。 ドラッグ・ラグやドラッグ・レスの影響が大きい日本では、治療法の選択肢が全くと言って良いほどないのだ。 だから、イレッサの承認取消は一刻を争う患者達にとっては死活問題だったのである。 そうした患者の圧力こそが承認継続の最大の理由である。 決して、厚生労働省が製薬会社と癒着していたからではない。

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