イレッサ東京訴訟上告理由不備

概要 

薬害イレッサ弁護団により上告理由書と上告受理申立理由書が公開されている。

詳細は後で解説するが、いずれも、民事訴訟法で求められた上告理由および上告受理理由を満たしていない。 また、詭弁がふんだんに使われていることについても後で解説する。

上告理由書 

上告理由書の法的不備 

まず、予備知識として民事訴訟法の規定についておさらいする。

  • 最高裁への上告は民事訴訟法第三百十二条第一項または第二項(以下、「民事訴訟法の上告理由」)に該当する場合にのみ「することができる」。
    • 高裁への上告に限り、民事訴訟法第三百十二条第三項「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」でも上告可能。
  • 民事訴訟法第三百十六条第一項により「上告が不適法でその不備を補正することができないとき」は「原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない」。

「不適法」な上告とは法的に認められていない上告である。 民事訴訟法の上告理由に該当しない場合は上告できない。 つまり、民事訴訟法の上告理由に該当しない場合は「上告が不適法」となる。 「その不備を補正」とは、上告理由を修正して、民事訴訟法の上告理由に該当するようにすることである。 それができないならば、「原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない」。 以上のとおり、民事訴訟法の上告理由に該当しない上告は却下することが義務づけられているのである。

では、原告の上告理由書はどうか。 理由書では判断遺脱、審理不尽、法令解釈に関する重要な事項、理由不備の4種類の上告理由を挙げている。

  • 次のいずれも民事訴訟法の上告理由として列挙されていない。
    • 判断遺脱
    • 審理不尽
    • 法令解釈に関する重要な事項
  • 理由不備は、「判決に理由を付せず、又は理由に食違いがある」場合のみ民事訴訟法の上告理由となる。
    • 上告理由書の記載は判断遺脱であるが、最高裁判例が「判決に理由を付せず」の必須事項とした論理的な完結性の欠如を問うていない。

すなわち、いわゆる上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであるところ、原判決自体はその理由において論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないからである。

したがって、原判決に所論の指摘する判断の遺脱があることは、上告の理由としての理由不備に当たるものではないから、論旨を直ちに採用することはできない。

平成10(オ)2189 約束手形金請求事件 平成11年06月29日 最高裁判所第三小法廷

たとえば、理由Aと判決Bを示していて、かつ、AからBが論理的に導けるなら、「その理由において論理的に完結」している。 「論理的に完結」していないとは、AだけではBを導くには足りないことを指すのであって、Aそのものの是非とは全く関係がない。 仮に、間違った事実からAを導いているとしても、それは判断の誤りに過ぎない。 仮に、Aが唐突に断定されていたとしても、それは判断遺脱に過ぎない。 いずれの過程も、理由Aを元にして判決Bを導く論理とは無関係なので、それらは、「判決に理由を付せず」に該当しない。

上告理由書では、理由から判決を導く論理構成の不備については一切述べられていない。 上告理由書に記載されたことは、判決理由を導くまでの過程に対する異議申立でしかない。 (そして、それは、原告にとっての判断遺脱や、原告にとっての判断の「誤り」でしかない。 上告理由書は、客観的に見た判断遺脱や「誤り」を全く示していない。) よって、上告理由書が言う「理由不備」は「判決に理由を付せず」に該当しない。

尚、「理由に食違いがある」とは、「相矛盾する事実の認定」等、理由に一貫性がないことであって、本件上告理由書には記載がない。

控訴審が第一審判決を継ぎはぎ的に引用したために判決理由に食違いが生じ,破棄された事例(建物収去土地明渡訴訟において,控訴審が建物所有者を被告の子であると認定しながら,これを被告であると認定する第一審判決を引用して請求を認容した事例)

民事訴訟法講義「上訴2」の注 - 関西大学法学部教授栗田隆


原判決は,「当裁判所の判断」として,「次のとおり補正するほかは,原判決の『事実及び理由』中,『当裁判所の判断』記載のとおりであるから,これを引用する。」と記載し,第1審判決書の理由のうち「上告人が東側土地部分上に本件建物等を所有して東側土地部分を占有している」との部分を引用箇所として残したまま,独自に「上告人らの子であるFらが代襲相続によって本件建物等の所有権を取得した」との判断を付加し,相矛盾する事実の認定をすることになった。

原判決は,控訴審の判決書における事実及び理由の記載は第1審の判決書を引用してすることができるとの民訴規則184条の規定に基づき,第1審判決書の「当事者の主張」の記載を引用すると表示しつつ,これに追加の主張を1箇所付加し,また,第1審判決書の「当裁判所の判断」の記載を引用すると表示しつつ,そのうちの3箇所の部分を原審独自の判断と差し替えている。

民訴規則184条の規定に基づく第1審判決書の引用は,第1審判決書の記載そのままを引用することを要するものではなく,これに付加し又は訂正し,あるいは削除して引用することも妨げるものではない(最高裁昭和36年(オ)第1351号同37年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事59号89頁参照)。 しかしながら,原判決の上記のような継ぎはぎ的引用には,往々にして,矛盾した認定,論理的構成の中の一部要件の欠落,時系列的流れの中の一部期間の空白などを招くおそれが伴う。 原判決は,そのおそれが顕在化した1事例である。 この点において,継ぎはぎ的な引用はできるだけ避けるのが賢明である。

平成17(オ)48 建物収去土地明渡等請求事件 平成18年01月19日 最高裁判所第一小法廷

以上のとおり、本件上告理由書は、「理由不備」を口実としているが、実際には、民事訴訟法の上告理由に該当しない不服申立に過ぎない。 よって、本件上告理由書は、民事訴訟法第三百十六条により、「原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない」事例である。 ようするに、本件上告理由書は、上告事件の大半を占める次の事例の一つに過ぎない。

また,上告事件の大半は,上告理由が明らかに法廷の上告理由に該当しないものとして,決定により棄却されている上 (「憲法違反」や「理由不備・食違い」を理由とする上告事件は,実質的には法令違反や原裁判所の事実認定に対する不服を主張するにすぎないものがほとんどであると指摘されている(福田剛久ほか「最高裁判所に対する民事上訴制度の運用」判例タイムズ1250号7頁から8頁まで(平成19年)。), 上告受理事件も,その大半は,上告不受理決定により終局している。

最高裁判所における訴訟事件の概要

イレッサ東京高裁判決の解説を読めば分かる通り、本件裁判では、民事訴訟法第三百十二条第二項第一号〜第五号以外では上告理由が成立し得ない。 しかし、上告理由書では、民事訴訟法第三百十二条第二項第一号〜第五号に該当する理由が一つも挙げられていないのである。 民事訴訟法の上告理由に該当する上告理由を一つも挙げないのでは、上告が認められる余地はない。

上告理由書における詭弁 

「因果関係」などについて論理の摺り替えによる高裁判決の捏造・歪曲も見られるが、それらは既に以下で説明済みである。

これらの中で説明していない物として、次のような詭弁も用いられている。

  • 奏効率による有効性判断が確立した医学的知見に反すると言いながら、医学会でどのような知見が確立しているかについては言及せず、独自の主張を展開するだけ(原告の主張にはWHOのRECISTガイドラインで容易に反論可能)
  • 「過失」より「欠陥」が認めにくい事実の存在を示さずに、あたかも、その事実があったかのように思わせる
  • 医師の処方無しにイレッサを投与できないのに「かぜ薬」や一般人が容易に入手可能な製品の事例を挙げる等、前提事項の違うものを同列に扱う(ジャクソンリース、筋肉注射含む)
  • 自ら引用した「予見不可能な不合理な誤用によって事故が生じても製造物に欠陥があるとはされない」を無視して、イレッサの誤用の予見可能性、合理性には触れない
  • 高裁判決にて重大な副作用欄が致死的可能性のある副作用を書く欄だとする指摘があったにも関わらず、その件には触れない
  • 高裁判決にて本件訴訟対象の使用例が専門医によるものであった事実の指摘があったにも関わらず、その件には触れない

上告受理申立理由書 

上告受理申立理由書の法的不備 

民事訴訟法第三百十八条により、上告受理の申立を認める理由は、次の二つである。

  • 原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件
    • 最高裁判所がない場合にあっては、控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断がある事件
  • 法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件

原告の上告受理申立理由書では、理由不備、審理不尽、判断遺脱、経験法則等の適用の誤り、法令の解釈に関する重要な事項、判例と相反する判断を挙げている。

  • 理由不備は、民事訴訟法第三百十八条第二項にて「第三百十二条第一項及び第二項に規定する事由を理由とすることができない」ので、上告受理申立理由にはできない。
  • 次のいずれも民事訴訟法第三百十八条第一項の上告受理申立理由として挙げられていない。
    • 審理不尽
    • 判断遺脱
    • 経験法則等の適用の誤り
      • 民事訴訟法第三百二十一条「原判決において適法に確定した事実は、上告裁判所を拘束する」ので、仮に申立が受理されても、経験法則等の適用の誤りは上告審では是正できない。
  • 法令の解釈に関する重要な事項については、具体的に示せていない。
    • 法令の解釈に関する重要な事項とは、新たな判例を示すべき必要性があることであって、法令の解釈の誤りのことではない。
  • 判例と相反する判断については、原判決を歪曲したり判例の前提と本件事件の前提の違いを無視したコジツケであり、実際には判例と相反していない。

「重要な事項」は、「最高裁判所が実質的な判断を示すことが必要な事項」といった程度の意味である。 個別事件における当事者の救済の必要性では足りず、法令の解釈の統一の必要性が要求されるとする立場もあるが([藤原*2001a2]47頁)」、そこまでは要求されない([梅本*民訴v4]1061頁)。 「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」(325条2項)が存在することは、必要でない。 原審と結論は同じでも理由付けが異なる場合はもちろん、結論も理由付けも同じであっても、高等裁判所の判断が分かれている問題、あるいは最高裁の判例がない問題などについては、最高裁が判断を示すこと自体に重要性が認められる場合がある。

民事訴訟法講義「上訴2」 - 関西大学法学部教授栗田隆

まとめると、「最高裁判所が実質的な判断を示すことが必要な事項」とは、例えば、次のような事例だろう。

  • 法解釈の基準となる判例がなく、かつ、法解釈が分かれる(解釈の誤りではない)余地がある。
  • 現在の判例が不合理と考えられるために、判例を変更する必要がある。

上告受理申立理由書では、法令の解釈の誤りを主張していて、かつ、法解釈が分かれる余地を認めていないため、最高裁判例の必要性は認められない。 原告の主張するように明らかに一方の解釈が正しいのであれば、その明らかに正しい解釈を採用すれば良いのだから、最高裁判例を示す必要性が生じ得ない。 それでも最高裁判例を示す必要性があるならば、その明らかに正しい解釈を変更する(=原告に不利な判例変更)必要があるということになる。

判例と相反する判断 

この点,原判決と東京高裁63年判決は,以下とおり,相反する判断を行なっている。 すなわち,①原判決が,製薬会社が結果回避措置を講ずるか否かを決する段階において,医薬品と副作用との因果関係が「ある」場合と「疑いがある」場合とを峻別しているのに対し,東京高裁昭和63年判決は,両者を峻別せず,それらを同等のものとして扱い, ②原判決が,添付文書の違法性を判断する際,表示方法を人の目に訴えるように工夫しているか否かは考慮すべきでない旨を判示しているのに対し,東京高裁昭和63年判決は,添付文書における副作用の記載が医師及び患者らに確実に伝達されるよう,表示方法を人の目に訴えるよう工夫すべき旨を判示し, ③添付文書の記載について,原判決が,読み手である医師個人の専門性や知識などを過剰に信頼しているのに対し,高裁昭和63年判決は,医師個人の知識等は多種多様であるため,通常の医師ならば知っているはずだとして,抽象化,簡略化し,もってまわった表現を用いるべきではない旨を判示している。

したがって,原判決は,控訴審裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断がある事件(民事訴訟法318条1項)に該当する。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.251

①が原判決を歪曲し、②と③が両判決の前提条件の違いを無視することによって、あたかも、判例と相反する判断があるかのように見せ掛けているだけに過ぎない。 まず、①について解説する。

  • 原判決においては、「結果回避措置を講ずるか否か」を「峻別」する判断は示されていない。
  • 東京高裁昭和63年判決においては、情況に応じて「結果回避措置」の具体的対策方法を「峻別」する判断をしている。

どちらの意味の「峻別」においても、原判決、東京高裁昭和63年判決ともしていない、あるいは、どちらもしているとなり、判例に相反する判断にはなっていない。

②については、高裁昭和63年判決が、対象疾病分野以外の知識・技能を要求していることに対して「表示方法を人の目に訴えるよう工夫すべき旨を判示」したことを無視している。 対象疾病分野あるいは一般的な疾病の知識・技能で事足りるイレッサでは前提条件が全く違うため、この判例は適用できない。

③については、高裁昭和63年判決では、具体的症状名を書かないことを「抽象化,簡略化し,もってまわった表現」としていることや、それによってクロロキン(マラリア治療薬)等の一般的な感染症治療では要求されない眼科医の知識を要求することを「医師個人の知識等は多種多様」としていることを無視している。 イレッサの添付文書には、間質性肺炎と具体的症状名が書かれているので、高裁昭和63年判決で言う「抽象化,簡略化し,もってまわった表現」には当たらない。 また、通常のがん治療や抗がん剤投与だけでなく、他の一般的な薬でも必要とされる知識しか要求していないので、高裁昭和63年判決で言う「医師個人の知識等は多種多様」にも当たらない。

以上のとおり、何処にも判例に相反する判断はない。 その詳細は、東京高裁昭和63年判決の具体的文言が引用されている部分で説明する。

以上のとおり,原判決は,製薬会社が結果回避措置を講ずるか否かを決する段階において,医薬品と副作用との因果関係が「ある」場合と「疑いがある」場合とを峻別し,実質上,因果関係が「ある」とまで認定できる副作用症例が蓄積されない限り,結果回避措置を講ずる必要はないとするに等しい判断を行なっている。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.252

「結果回避措置を講ずる必要はないとするに等しい判断」は原告の捏造であって、原判決の何処にも存在しない。 原判決では、 添付文書の「重大な副作用」欄には,一般に死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるものが記載されるものである。 薬害イレッサ東日本訴訟 東京高裁判決 - 薬害イレッサ弁護団P.48 と明確に述べており、イレッサの添付文書で一定の結果回避措置が講じられたことを指摘している。

その上で,同判決は,「製造販売開始までの間の注意義務」として,「副作用のあることが疑われるときは,その有無を明確につきとめ,かつ,その内容をも把握しておかなければならない。 けだし,そうでなくては,当該化学物質が果して医薬品としての有用性を有するものか否かを確定し得ないであろうからである。 そして.副作用が存在することが明らかな場合はもちろん,その存在が疑われるにもかかわらず,有用性の見地からする医学上の必要性があるとして,ある化学物質を,医薬品として,製造し,輸入し,これを販売しようとするのであるならば, 少なくとも自らにおいて事前に,右の副作用の詳細な内容,すなわちその種類,程度.ひん度,重篤性等をできるだけ正確に,そして回避できるか否か,もし回避できる可能性があるならば,その手段,方法等を掌握したうえ, 当該医薬品の最終使用者である医師や患者らを含む一般国民に対し,これを正確,十分に伝達する体制を整えておくべきものである」としている。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.253-254

高裁昭和63年判決の引用部分では、「十分に伝達する体制」をどのように整えるべきかは具体的に示していない。 既に説明した通り、イレッサの添付文書で一定の結果回避措置が講じられており、これが「十分」であるかどうかは東京高裁昭和63年判決のうち上告受理申立理由書に引用された範囲からは読み取れない。

そして.このような解明、確認のための調査、研究等の結果,その医薬品と特定の副作用との因果関係が医学,薬学その他関連科学上合理的根拠をもつて完全に払拭されない限り, 重篤度,発生ひん度,可逆性か否か等の当該副作用の特質とその医薬品の治療,予防上の必要度等を比較衡量したうえ, 警告にとどめるか,適応の一部を廃するか,あるいは全面的な製造.輸入,販売を停止し.さらには流通している医薬品を回収するか,等その情況に応じていずれかの措置を講ずる義務がある。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.254

つまり、東京高裁昭和63年判決では「情況に応じていずれかの措置を講ずる」ことを求めている。

  • 警告にとどめる
  • 適応の一部を廃する
  • 全面的な製造.輸入,販売を停止

このように、東京高裁昭和63年判決では情況に応じた「結果回避措置」の具体的対策方法を「峻別」する判断をしている。 そして、ここで言う「警告」の具体的な方法については引用部にはない。 警告欄に記載すべきか、重大な副作用欄に留めるべきか、どのような記載方法で「警告」すべきかは書かれていない。 東京高裁昭和63年判決を素直に読めば、「警告」方法も「情況に応じて」判断すべきとなる。 原判決では、重大な副作用欄への記載によって「警告」が為されたと判断した。 一方で、東京高裁昭和63年判決のうち上告受理申立理由書に引用された範囲には、重大な副作用欄による「警告」では不十分とする記載はない。

さらに,同判決は,被告製薬会社の注意義務違反の認定に際して,「キドラについてみるに,その能書上に『網膜障害』という文言が載つたのは昭和四五年三月以降であり(ただし,不可逆性である旨の記載はない。), それ以前,すなわち昭和四二年五月以降の能書には,『また,本剤を長期に使用する際に定期的に眼症状の検査を行なうことが望ましい。』と記載されている(同年七月以降の製品説明書にも同趣旨の記載がある。)のみである。 ところで,<証拠略>によれば,右の文章は,副作用についての説明欄にではなく,従前の用法・用量欄の中に,ただの一行が二行,同一活字を用い,人の眼につくような工夫もなく挿入されたもので, その記載方法の不適切さはいうに及ばず,突如かような一節が加わつても,その文面自体からは何ゆえに定期的な眼症状の検査が必要なのか,『眼症状』とは一体何か,直ちに理解しかねるものであつて,右の文章は全体としてク網膜症を警告する趣旨のものとしてはきわめて不十分とのそしりをまぬがれないのである」としている。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.257

  • 副作用についての説明欄にではなく,従前の用法・用量欄の中に記載されていた。
  • 『網膜障害』とは書かずに『また,本剤を長期に使用する際に定期的に眼症状の検査を行なうことが望ましい。』とだけ記載されていた。

これらの意味が眼科医でなければ分からないようなことを踏まえて、さらに、それに加えて、「ただの一行が二行,同一活字を用い,人の眼につくような工夫もなく挿入された」ことも重大な注意喚起として機能しないために、眼科が専門でない医師には次のようなことが「直ちに理解しかねる」としているのである。

  • その文面自体からは何ゆえに定期的な眼症状の検査が必要なのか
  • 『眼症状』とは一体何か

つまり、東京高裁昭和63年判決では、「人の眼につくような工夫」だけを問題にしているのではない。 というより、主たる問題点の他の従たる問題点として「人の眼につくような工夫」を挙げているのである。

内科医,整形外科医等に対し,『ク網膜症』それ事態の症例等を示して,『不可逆性』その他その重篤性を示唆し,検査の必要性を強調して述べていたならそうもいえるであろうが, 単に『眼障害』あるいは『視力障害』といつたような抽象的表現では(しかも,キニロン以外の能書等にみられるように『眼科的検査が望ましい』という表現では),当然眼検査を期待した記載とは到底読めないであろう。

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.259

高裁昭和63年判決では、『ク網膜症』『網膜障害』と書かずに『眼障害』『視力障害』と書いていることを「抽象化,簡略化し,もつてまわつた表現」としているのである。 イレッサの添付文書には重大な副作用欄に間質性肺炎と明記されており、高裁昭和63年判決で言う「抽象化,簡略化し,もつてまわつた表現」は一切使われていない。

また、「その時代の臨床医学の実践における医療水準にある知識,経験を習得している医師であつてもその有する知識,経験の具体的内容は多種多様である」とは、内科医,整形外科医等が必ずしも眼科医の知識まで持っているとは限らないことを指している。

自動車を運転して事故を起こした場合、ペーパードライバーであることは言い訳にならない。 自動車を運転する以上、そのための知識や技能が十分にあるかどうかは、自分で判断する責任がある。 ペーパードライバーであるにも関わらず、運転を試みたのは自分の判断である。 それならば、その運転にも責任を持たなければならない。

イレッサも同じである。 医師が抗がん剤を使う以上は、そのための知識や技能が十分にあるかどうかは、自分で判断する責任がある。 抗がん剤に手を出したのはその医師自身の判断である。 だから、「抗がん剤のことは分かりません」なんて言い訳が通るはずがない。 責任を持てないなら、投与すべきではないのだ。

一方で、飛行機の操縦の知識や技能があれば事故を回避できたとして自動車事故の責任を問うのは妥当ではない。 高裁昭和63年判決が、内科医や整形外科医等には「当然眼検査を期待した記載とは到底読めない」としたのはそういうことである。 クロロキン(マラリア治療薬)を使うのに眼科医の知識が必要だとは、当時の通常の医師の知識を持ってしても知ることは困難だろう。

このように、抗がん剤にがん専門医の知識を要求する(自動車運転に自動車運転の技能を要求するようなもの)イレッサと、マラリア治療薬に眼科医の知識が要求された(自動車運転に飛行機操縦の技能を要求するようなもの)クロロキンでは、全く前提条件が違う。 つまり、結論を左右する重大な前提条件が違うのだから、判例に相反する判断にはなり得ない。

例えば,クロロキン製剤のような医療用医薬品にあっては,患者の服用には医師の投与行為が先行,介在するのが普過であろうが,医療用医薬品でなければ.あるいは医療用医藁品であっても要指示薬でなければいわゆる素人療法として患者本人が買薬服用する場合もまれではないであろうし、

東日本訴訟上告受理申立理由書第6章 - 薬害イレッサ弁護団P.260

高裁昭和63年判決では、「人の眼につくような工夫」が必要な理由として「素人療法として患者本人が買薬服用する場合もまれではない」ことも理由に挙げている。 しかし、イレッサは、医師の処方が必要な医薬品であって「素人療法として患者本人が買薬服用する」ことができるものではない。

上告受理申立理由書における詭弁 

使われている詭弁は、基本的に、上告理由書と同じであるので、詳細な解説は省略する。

原告の狙い 

民事訴訟法第三百二十五条第二項では、上告理由がない場合でも「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとき」は原判決を破棄できることになっている。 原告が適法な上告理由も上告受理申立理由も示せない以上、この唯一の職権判断に頼る他に逆転への道がない。 原告は、裁判所に職権判断を促すために、上告理由書や上告受理申立理由書で情に訴えようとしているのだ。

しかし、上告審は事後審であるため、職権で原判決を破棄する条件として「明らかな」法令違反を求めている。 つまり、法令違反との解釈も成り立つ程度では不十分であり、法令に適合している解釈が不可能でなければ「明らかな」法令違反とはならない。 よって、中立的な裁判官であれば、原告が情に訴えようとも、判決がひっくり返る余地はない。

とはいえ、原告に恣意的に肩入れする裁判官であれば、この規定を利用して、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」と認定して、原告に有利な判決を導くことも可能である。 つまり、逆転トンデモ判決の危険性が完全になくなったわけではない。 その点は注意が必要だろう。

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