イレッサ大阪高裁判決の解説

指示・警告上の欠陥 

判断の枠組み 

イ 原判決V102頁末行の次に改行して,以下のとおり付加する。

「そして,イレッサについては,その適応を「手術不能又は再発非小細胞肺癌」(甲A1)とするものであるから, 少なくとも肺がん治療又は肺がん化学療法を手がける医師(以下,臨床現場でこのような立場にある医師を,便宜「肺がん治療医」という。)が理解できる程度と解するのが相当である。

1審原告らは,イレッサを受け入れた当時の医療現場の実態に即してみれば,指示・警告の名宛人医師の範囲をそのように狭く限定すべき根拠はなく, 広く一般の医師(以下,臨床現場で,専門標榜科目を問わず,肺がん治療医以外の医師一般を,便宜「一般医」と呼んで肺がん治療医と区別する。)を含めるべき旨を主張するが, この主張は,第1版添付文書が一般医に対する十分な注意喚起となっておらず,本件患者らが,第1版添付文書によっては副作用の危険性を認識できなかった一般医からイレッサを処方されたことを前提とするものであるが, 証拠(乙Pハ1,2,乙Pロ1,丙Pイ1〜3)及び弁論の全趣旨によれば,本件患者らは,いずれも肺がん治療医によってイレッサを処方されたことが認められるから, 上記主張を基礎とする指示・警告上の欠陥構成は,本件患者らを離れた一般論を展開するもので採用できない。」

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.158-159

まず、ここで重要な用語定義が為されている。

肺がん治療医
臨床現場で肺がん治療又は肺がん化学療法を手がける医師
一般医
臨床現場で,専門標榜科目を問わず,肺がん治療医以外の医師一般

そして、「本件患者らは,いずれも肺がん治療医によってイレッサを処方された」と認定している。

ウ 同104頁6行目の末尾に「1審原告らは,このような患者向けの説明文書の医師に対する事実上の影響力を強調するが,医師に対しては,医師を名宛人とする添付文書等により医薬品に必要な情報が伝達されることが予定されていることは次項で述べるとおりであって, 患者向けの説明文書が不十分であった場合に,医師がその影響を受けるなどの立論は,その文書の名宛人から客観的に予定された役割,機能を顧慮しないものというべく,医療現場の実態にも沿わないものとして採用しない。」を付加し, 同頁11行目の「予定されていることから(薬事法52条1号)」を「予定されており(薬事法52条1号),医師が医薬品を使用するに当たっては,特段の合理的理由がない限り,医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従う義務を負うものであるから(最高裁判所平成8年1月23日第3小法廷判決・民集50巻1号1頁参照),」, 同105頁4行日から8行日の「判断も」までを「製造物の欠陥の有無については,製造業者等が当該製品を初めて引き渡した時点,すなわち製造業者等が当該製品を最初に流通に置いた時点に存在した事情を基礎として判断すべきであり, 医薬品の指示・警告上の欠陥の有無の判断についても」,同頁11行日の「第5」を「第4」,13行日の「第6の4」を「第5の3」と改める。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.159

これは書いてあるとおりである。

承認時の死亡報告例 

d また,間質性肺炎の発症と死亡との間の因果関係が否定できない死亡事例は11例であるが,イレッサと死亡との間の因果関係が比較的明確なのは1例(別紙31(22))で, その他の症例は,むしろ病勢進行,感染症など他の原因により死亡したと考える方が合理的であり,因果関係を否定することができないにとどまる症例や,詳細が不明なために因果関係を否定することができないにとどまる症例にすぎないこと, さらに,因果関係が比較的明確な1例は,EAPの症例であって,その報告内容の信用性には一定の限界があり,国内臨床試験以外の副作用報告からも,イレッサの承認用量の投与による間質性肺炎の発症は否定できないが, その重篇度は,従来の殺細胞性の抗がん剤による間質性肺炎と比較して,重篤であるとか致死的であるとする根拠はないと評価でき,本件副作用の予見をすることまではできないというほかない。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.166

  • 因果関係が比較的明確な1例は,EAPの症例であって,その報告内容の信用性には一定の限界がある
  • その他の症例は次のとおり
    • 病勢進行,感染症など他の原因により死亡したと考える方が合理的であり,因果関係を否定することができないにとどまる症例
    • 詳細が不明なために因果関係を否定することができないにとどまる症例

薬事法における医薬品の安全性評価においては,これら因果関係を否定できないと認められる症例も治験副作用報告の対象に含め,発症及ぴ転帰との各因果関係の強弱等を総合して有用性の判断が行われていると解され, このことは製造物責任法上の欠陥(指示・警告義務)判断においても変わるところはないというべきである。 そして,副作用報告の対象となる症例の中にも,実際には,治験薬との間に因果関係が明らかに認められる症例から,原疾患の悪化,併用薬の影響など他の要因による可能性が高いが治験薬による可能性も否定できないというにとどまる症例までが混在Lており, 安全性を強調する余り,このような具体的な因果関係の遠近濃淡を区別せず,一律に因果関係のある副作用症例に組み入れて,同じ危険性評価をすることは有効性,安全性について科学的な評価を行うゆえんではなく,薬事法の趣旨にそぐわないことにもなりかねない。 このように,副作用死亡報告といっても,死亡原因が原疾患の悪化による可能性が高く,イレッサとの囚果関係が薄いもの,詳細不明で因果関係の判断がし難いもの等も含まれ, これらを常に明らかな副作用症例と同等の危険性評価を擬するのは不合理であって,それらについては,市販後の副作用報告等により症例を集積,分析して一定の評価を加えていくほかないと考えられる。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.166-167

「因果関係の否定できない有害事象」と「因果関係の明らかな副作用症例」を同列に扱うべきでないとするのは科学的に妥当な判断である。

「因果関係が必ずしも明確でない有害事象」も副作用として取り扱った上で有用性,安全性評価を行なうことを明言することで原告側の詭弁を封じている。

ちなみに,1審原告らは,副作用との間の因果関係の明確化などといわずに安全対策が施された例として,ペンズブロマロンによる劇症肝炎, 塩酸ピオグリダソンによる心不全,ジクロフェナクナトリウムによるインフルエンザ脳症の重篤化,オランザピンによる糖尿病性ケトアドーシズなどの例を挙げるが, 証拠(甲P238〜241[各枝番号1,2])によれば,これらは,いずれも薬剤と副作用との間に因果関係があることが相当程度疑われる例であって,単に因果関係を否定できないというにすぎない副作用症例に基づいて安全対策を講じたものとは認められない。 また,因果関係が不明な段階で安全対策が行われた例と主張するタミフルによる異常行動及びバレニクリン酒石酸塩錠(禁煙補助薬)による精神障害や自殺念慮等の各例は, 証拠(甲P242,243[各枝番号1,2]]によれば因果関係が相当不明確なまま安全対策が行われたものであることが窺われるが,タミフルについては,投与後の異常行動が社会問題化したという背景の下で行われたものであるし, バレニクリン酒石酸塩錠は,禁煙補助薬という効能・効用に比して,精神障害や自殺念慮といった副作用は余りにも重大であって,いずれの例も,因果関係が不明確な例についても,因巣関係が明確な例と同様に評価すべきとする根拠とはならないというべきである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.167-168

原告側が挙げた「因果関係の明確化などといわずに安全対策が施された例」は次のとおりである。

医薬品 事情
ペンズブロマロン因果関係が相当程度疑われる
塩酸ピオグリダソン因果関係が相当程度疑われる
ジクロフェナクナトリウム因果関係が相当程度疑われる
オランザピン因果関係が相当程度疑われる
タミフル投与後の異常行動が社会問題化した
バレニクリン酒石酸塩錠禁煙補助薬という効能・効用に比して副作用が余りにも重大

いずれも、因果関係が相当程度疑われるか、イレッサにはない特別な事情がある事例である。 よって、これらの事例を挙げても、イレッサにおいて「因果関係の否定できない有害事象」と「因果関係の明らかな副作用症例」を同列に扱うべきとする根拠にはならない。

以上のとおり,副作用症例として報告のあった分については,因果関係が明らかではないからといって,直ちにこれを無視したり,軽視したりすることは相当ではないが, 因果関係が弱い症例,不明確な症例を明らかな症例と一律同等に危険性評価をするのは相当ではなく,個別の因果関係の強弱も考慮した上で危険性の評価をすべきであり, そのような観点から評価する限り,イレッサ承認時点においては,前記症例を前提にしても,薬剤性間質性肺炎の一般的副作用以上の危険性は認めるに足りないというべきである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.168

「因果関係が明らかではないからといって,直ちにこれを無視したり,軽視したりすることは相当ではない」と明言することで原告側の詭弁を封じている。

添付文書の扱い 

(ウ)イレッサの第1版添付文書から分かる間質性肺炎の危険性

a 添付文書に関する薬事法の定め,添付文書通達,使用上の注意通達等の発出経過,記載要領等,イレッサ第1版添付文書の記載内容等は引用に係る原判決V13頁以下に記載のとおりであり,これら添付文書の法定文書としての位置付け,それを承けた厚生労働省の添付文書通達,使用上の注意通達,医療用医薬品添付文書の記載要領等の一連の通達の発出経過にかんがみれぱ,これら通達群は医学的,薬学的知見に基づく安全指針としてひとつの体系を構成しているといっても過言ではないから,製薬会社等が添付文書の記載方法,内容においてこれらの趣旨に違背する記載をした場合は,製造物責任法上も指示・警告上の欠陥を構成することがあるというべきである。そして,(イ)に判断したところからすれば,本件は,第1版添付文書の「重大な副作用」欄の「間質性肺炎」の記載内容,体裁が,肺がん治療医を名宛人として,薬剤性間質性肺炎の一般的副作用の危険伝達方法,内容として相当であるかを間題とすべきものである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.168

これについても書いてあるとおりである。

b ところで,医療用医薬品の添付文書は,医薬品情報を独占する製薬業者等から医師等に対する当該医薬品の最新の知見情報伝達手段で,通常,副作用情報の確認にはもっとも基本的な医薬品情報源となっているが, その記述量にも物理的な眼界があるから,そこでは,医師等専門家の間で共通の理解を可能にする簡潔な用語が用いられていることは見やすい道理である。 それは,添付文書は医薬品に添付される法定文書として100%医師の目|こ触れる確実な情報伝達手段で,医師は特段の事由のない限り添付文書(使用上の注意事項)記載に従うことになっているのに, 医師ごとに添付文書記載の意味内容について異なる理解が拡散し,共通の理解が妨げられるのは致命的であり, 添付文書はそれを一読しただけで医師等専門家が共通の理解に到達することができるような,いわぱ専門家同士の共通言語が使われているものと理解できるからである。 医薬品添付文書の見直し等に関する研究(甲F10)が,添付文書の基本的性格として「添付文書の使用者は,医師・薬剤師など国家試験による資格をもつ医療関係者であるので, その共通の知識水準でカバーされる事項まで煩雑な記載を行うことや,既に汎用されている添付文書の基本的約束ごとを過剰に記載することは,本来伝達されるべき情報を希釈する恐れがある。 従って記載内容はこの前提に立ち必妻不可欠な剖分に止めることを原則とする。 一方,警告・・(中略)・・医療関係者によく知られた用語や記載基準が用いられていなければならない。」ことを確認しているのも,この間の消息を物語るというべきである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.168-169

平たく言うと、「本来伝達されるべき情報を希釈する恐れがある」として添付文書に余計なことを書くべきでないとしている。

e これを本件についてみるに,「重大な副作用」については,厚生労働省が,添付文書通達(甲D4),使用上の注意通達(乙D10,丙D15)により, 副作用は「重大な副作用」と「その他の副作用」に区分して記載し,「重大な副作用」は,当該医薬品にとって特に注意を要するものを記載するとの基本指針を定め, 日本製薬工業界が運用要領として「重大な副作用」は「重篤度分類基準」(丙D16)におけるグレード3(重篤な副作用と考えられるもの, すなわち,患者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。)を記載すると定めており,第1版添付文書もこの例に従って記載されている。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.169-170

「重大な副作用」欄に書くべきことは、「死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの」である。

そして,抗がん剤の添付文書における副作用と重大な副作用の書き分けは,肺がん治療医であれば日常日に触れる経験事であり,この両者の副作用を峻別できないまま日々の診療に当たる医師はいないと合理的に推測できる。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.170

ど素人でも「副作用と重大な副作用の書き分け」に何らかの意味の差があることは理解できる。 もちろん、ど素人では、具体的な差は理解できないだろう。 添付文書に従う義務のある医師であれば、「この両者の副作用を峻別」することなく、「日々の診療に当たる」ことは許されないことである。

また,間質性肺炎についても,発症,内容,予後等については,薬剤性間質性肺炎の一般的副作用の限度では肺がん治療医にとっては教科書的理解に属するところである (他の抗がん剤であるイリノテカン,ドセタキセル等における添付文書においては,死亡例が報告されながらも間質性肺炎については,「重大な副作用」欄に記載があるのみであり, それに加えて致死的である旨の記載もなかったものであるが,これらのことについても肺がん治療医であれば,当然了解しているものと推認される。)。 これらの点を検討すれば,医療用医薬品の添付文書に記載される「重大な副作用」「間質性肺炎」という用語は,肺がん治療医にとってみれば薬剤性間質性肺炎の一般的副作用程度の危険情報として共通して想起できる概念といわねばならない。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.170

「重大な副作用」「間質性肺炎」という用語が「一般的副作用程度の危険情報として共通して想起できる概念」とすることで原告側の詭弁を封じている。

そして,第1版添付文書の「重大な副作用」欄に「間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるので,観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと」との記載は, 前記のとおり国内3症例と海外7症例を視野に置いたもので,他の9症例を前提としたものでなかったが,重大な副作用,間質性肺炎という用語からして,致死的という具体的表現こそ加えられていないものの (なお,間質性肺炎の予後を考えれぱ,これを重篤度分類の日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるものと理解する余地はない。), 肺がん治療医にとっては,重篤な場合は致死的になり得るとの注意喚起をする限度で外縁,守備範囲は相当に広い表現と理解でき(なお,頻度不明というのは治験では承認用量250mgでは間質性肺炎は発症してはいないので不十分な記載ではない。), 薬剤性間質性肺炎の一般的副作用の危険性についての警告を包摂するものとして不足はないというべきである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.170-171

「重大な副作用」欄に記載するものは「死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの」である。 「重大な副作用」欄に書かれているのに、「日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの」と理解する余地がないのであれば、当然、それは死亡のおそれのあるものとしか解釈しようがない。 よって、「重大な副作用」欄に記載すれば致死的な可能性を警告したことになる。

尚、承認用量で投与した事例では因果関係が明確な事例が1件もないことも重要な事実である。

(z)1審原告らの主張について

a 「重大な副作用」に対する医師の認識,多忙な医療現場の実鮨について

1審原告らは,「重大な副作用」が,重篤度分類基準にいうグレード3を意味するなどというのは薬事法にも使用上の注意速達にも記載がなく,同通達の通知に重篤度分類基準等までを併せて初めて導き出される理解にすぎず, そのような内容を平均的医師があまねく認識していたというのはフィクションである,「重大な副作用」欄に記載しているとの理由で間質性肺炎の致死性を認識することができるとするのは,多忙な医療現場の実態を見ない机上の空論であるなどと主張する。

前者については,前記医薬品添付文書の見直し等に関する研究(甲F10)には,「副作用の重篤度分類基準により副作用のグレード分けが行われているが,この基準を他の手段により医療関係者に周知させるべきである。 この点で,医療関係者として当然持つべき常識的記載は省略すべきという意見と,それが無視されている或いは伝達されていないという現実のギャップを如何に埋めるかが開題との指摘があり,これらに同時に配慮しなければならない。」との記載がある。 しかしながら,通達や分類基準等の詳細な規定はともかく,本件患者らのように,すでに手術不能の重篤な病期にある肺がん患者の懸命な治療を担当する医師(肺がん治療医),否, 一般医が肺がん治療に当たる場合であっても,承認されたばかりの新薬,それも種々の副作用の当然予想される抗がん剤を投与するに際し,添付文書の記載表現である重大な副作用と単なる副作用の差異も理解せず, また,多忙を理由に添付文書を読まない,あるいは,警告欄なら別だが重大な副作用欄までは必読しないなどというようなことが,医療の現場の実態であるなどという事実は,本件全証拠を検討しても,これを認めるに足る資料は発見できない。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.171-172

原告は、現場の医師が重篤度分類基準を知っているとするのは「医療現場の実態を見ない机上の空論」だと主張している。 それに対して、判決は、「一般医が肺がん治療に当たる場合」であっても、「承認されたばかりの新薬,それも種々の副作用の当然予想される抗がん剤」を投与するに際し次のようなことが「医療の現場の実態であるなどという事実は,本件全証拠を検討しても,これを認めるに足る資料は発見できない」としている。

  • 添付文書の記載表現である重大な副作用と単なる副作用の差異も理解せず
  • 多忙を理由に添付文書を読まない
  • 警告欄なら別だが重大な副作用欄までは必読しない

確かに、重篤度分類基準の周知徹底は不十分かも知れない。 しかし、判決が指摘するように、重篤度分類基準を知らないからと言って添付文書の「重大な副作用と単なる副作用の差異」を無視するだけの医学的合理性は見出せない。

b 分子標的治療薬と薬剤性間質性肺炎について

1審原告らは,イレッサは分子標的治療薬であって,①承認当時,一部の殺細胞性の抗がん剤により発症した間質性肺炎の予後は不良であるが, その余の抗がん剤を含めて,概して予後は良好で,発症頗度,発症傾向,予後等のプロファイルは薬剤ごとに異なるというのであるから, 単に,間質性肺炎が「重大な副作用」欄に拳げられているだけで,それ以上の具体的な危険性指摘がない場合は,記載の間質性肺炎の予後は良好であると受け敢られてもやむを得ないという状況にあった, ②現に分子標的治療薬の安全性を強調する文献(甲H71ないし79)が存在し,イレッサは副作用の少ない画期的な新薬であるとの報道や記事等が多数掲載がされていたことから, 平均的な医師は,イレッサは副作用が少なく軽い薬であると認識しており,そのような医師にとっては,「重大な副作用」欄に記載されていたのみでは,記載の間質性肺炎が致死的であるとは認識できなかったなどと主張する。

イレッサの承認申譜当時,正常細胞への影響が小さい,又は正常細胞の連々かな回復が可能と予測されていた分子標的治療薬の作用機序に関する埋解からすれぱ,分子標的治療薬が間質性肺炎を引き起こすということは,肺がん治療医の間でも想定されていなかったことは事実あるし(引用の原判決V45貞),このことは国内第I相(V1511)試験で治験調整委員会委員長,国際共同第II相(IDEAL1)試験で治験調整医師を務めた福岡正博も認めるところである(丙EI0.原審における証言)。 さらに,イレッサが患者,医師双方から期待を持って迎えられ,肺がん専門医のみならず一般医により処方された例が皆無でないことも容易に予測できる(引用の原判決IV154 頁,V79頁)が,上記のように添付文書の記載を軽視した事実主張に与することはできない。 繰り返しになるが,医療用医薬品添付文書が医師等へのもっとも重要な,しかも最新の知見情報伝達手段であり, まさに分子標的治療薬であるイレッサの,その添付文書の重大な副作用欄に間質性肺炎を挙げている限り,間質性肺炎の副作用が発症する可能性があるとの危険性情報は発せられているし, 分子標的治療薬による間質性肺炎だけが,他の抗がん剤を含む薬剤性間質性肺炎と異なり予後が軽微,良好であるとの知見が存在したわけではない。 亡●●の担当医であった●●医師,亡●●の担当医であった●●医師,亡●●の担当医であった●●医師,1審原告●●の担当医であった●●医師や 当時の全国の肺がん治療医の何人が1審原告ら指摘の報道や記事等の情報に触れる機会があり,それをいかに理解したかは個別的であるが, まさに,そのような個別の獲得情報に影響されて薬剤情報が異なって理解されるのを避けるために,治験等の結果から得られた科学的情報が添付文書に結実し,それゆえ情報伝達媒体の基盤とされているのであって, 添付文書の「重大な副作用」記載を直視することなく,あるいはそこから離れて,それまでに獲得した知識・情報を基礎に,間質性肺炎の予後が良好であり,致死的となることはないなどと考えるのか肺がん治療医の一般的知見であったとは認めるような証拠は存しない (なお,1審原告らが流布情報として強調する「副作用が少なく,軽い」という評価は,イレッサの副作用全体に対する概括的評価にすぎない。)。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.172-174

原告は、①「発症頗度,発症傾向,予後等のプロファイルは薬剤ごとに異なる」こと、および、②医師の「個別の獲得情報」を根拠に、イレッサの間質性肺炎が致死的だとは認識できなかったと主張する。 それに対して、判決は、①分子標的治療薬の「予後が軽微,良好であるとの知見が存在したわけではない」こと(「薬剤ごとに異なる」なら個別の薬剤の事情を考慮しなければ致死的でないとは判断できない)、②「個別の獲得情報」による「薬剤情報が異なって理解される」ことを避けるための添付文書なのだから「個別の獲得情報」よりも添付文書を重視すべきであるとして、原告の主張に反論している。

c プロカルバジンの添付文言との比較について

1審原告らは,承認当時,プロカルバジンによる薬剤性間質性肺炎の予後は良好であるとするのが一般的知見であったが,その添付文書における間質性肺炎に関する記載は第1版添付文書と同様であり,そうとすれば第1版添付文書が記載内容としても致死的な副作用の危険性を適切に伝える内容となっていないなどと主張する。

しかしながら,イレッサの承認当時,薬剤性間質性肺炎の予後については個別の薬剤ごとに症例を集積するほかないとされており,発症報告がある場合も,その頻度はプレオマイシンなどの特定の薬剤を除いては低いもののにすぎず, また,特定の薬剤が異なる病態の間質性肺炎を発症させることもあり得るとされていたものであるから,プロカルパジンによる薬剤性間質性肺炎の予後が良好であるとする知見が一般的であったと認めるに足りない。 1審原告らは,近藤有好の報告(乙H34[枝番号1])を挙げるが,同報告の記載は,わずかに2症例を論じるにすぎず,これによってプロカルバジンによる薬剤性間質性肺炎の予後が良好であるとの知見が一般的であったとは到底認められない。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.172-174

これについても書いてあるとおりである。

使用上の注意通達 

d 記載の順序について

1審原告らは,「使用上の注意通達」(乙D10,丙D15)が,「内容から見て重要と考えられる事項については記載順序として前の方に配列すること。」としていること(第1の3(1))を援用し, 第1版添付文書でむしろ軽微な他の副作用の劣位に間質性肺炎が記載されているのは,医師によって,間質性肺炎がそれほど重篤なものではないと受けらめられる元凶となっているとも主張する。

しかしながら,形式論をいえば,同通達は,内容から見て重要な項目を添付文書の前段に配列する趣旨で出された添付文書通達(甲D4,丙D13)とともに発出されたところからすれば,使用上の注意における「記載項目」とその項目同士の「記載順序」について定めたものと考えられる。 事の実質を論じてみても,重大な副作用欄に掲記すべき副作用が複数あって,各別の説明を要する場合は副作用相互に記載の先後関係が生じるのは当然であるし, 同じ重大な副作用の範喘に属する種類の異なる副作用を対比し,その間に「重要な」順序をつけることは事柄の性質上困難であり, かついかなる重大な副作用が発症するかは患者毎に個別的である医療現場に,そのような副作用同士の順位付けをした注意喚起が医療上の意味を持つとも解されない。 その点では,使用上の注意通達が,「内容からみて重要な項目」同士の順位付けをして前段への配列を指示しているのと異なるのであって,1審原告らの主張は採用しない。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.175-176

内容からみて重要と考えられる事項については記載順序として前の方に配列すること 医療用医薬品の使用上の注意記載要領について(平成9年4月25日薬発第607号)記載順序は、原則として「記載項目及び記載順序」に掲げるものに従うほか、次の要領によること 医療用医薬品の使用上の注意記載要領について(平成9年4月25日薬発第607号) の詳細事項として書かれている。 そして、「記載項目及び記載順序」は「第二『使用上の注意』の記載項目及び記載順序」に次のとおり書かれている。

  1. 警告
  2. 禁忌
  3. 慎重投与
  4. 重要な基本的注意
  5. 相互作用
  6. 副作用
  7. 高齢者への投与
  8. 妊婦、産婦、授乳婦等への投与
  9. 小児等への投与
  10. 臨床検査結果に及ぼす影響
  11. 過量投与
  12. 適用上の注意
  13. その他の注意

つまり、「内容からみて重要と考えられる事項については記載順序として前の方に配列すること」とは、「警告」や「禁忌」等の「記載項目」同士の順番の例外を示しているのであって、それぞれの「記載項目」の中の順番を規定したとまでは解釈できない。 さらに、判決は、「事の実質」として、重大な副作用欄に掲記すべき副作用が複数ある場合について、次のような理由により、通達内容を「記載項目」の中の順番について拡大解釈することは困難としている。

  • 各別の説明を要する場合は副作用相互に記載の先後関係が生じるのは当然
  • 同じ重大な副作用の範喘に属する種類の異なる副作用を対比し,その間に「重要な」順序をつけることは事柄の性質上困難
  • いかなる重大な副作用が発症するかは患者毎に個別的である医療現場に,そのような副作用同士の順位付けをした注意喚起が医療上の意味を持つとも解されない

e 警告欄への記載の要否について

1審原告らは,使用上の注意通達によれぱ,致死的な副作用については,すぺて「警告」欄に記載すべきであり,同通達に反している以上, 指示・警告上の欠陥があるとか,「警告」欄に記載されていなかったために,イレッサによる間質性肺炎が致死的であることこついて認識することができなかったなどと主張する。

しかしながら,まず,指示・警告上の欠陥の有無は,イレッサを処方しようとする医師が,添付文書の記載が不十分であるために危険性を適切に認識することができなかったかという実質に基づき判断すべきものであるから, 使用上の注意通達に形式的に反したことのみをもって指示・警告上の欠陥を構成するとはいえない。

使用上の注意通達によれば,「警告」欄には,「致死的又は極めて重篤かつ非可逆的な副作用が発現する場合,又は副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性があって,特に注意を喚起する必要がある場合」に記載することとされており, これを字義どおりに解釈すれば,致死的な副作用が発現する場合には,必ず「警告」欄に記載しなけれぱならないものと理解できないでもない。 しかしながら,「重大な副作用」欄に記載すべき副作用が「患者の体質や発現時の状態等によっては,死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。」とされていることからすると, 1審原告らのような解釈に従えぱ,「重大な副作用」に該当する副作用は,ほとんど「警告」欄にも記載しなけれぱならなくなり, 特に「警告」欄を設け,記載項目としてこれを重大な副作用よりも前段に記載することによってさらなる注意喚起を促した意義が失われるというべきである。 実際にも,複数の抗がん剤において,死亡例が認められている間質性肺炎について,「警告」欄に記載せず,「重大な副作用」欄に記載することによって注意喚起を図っている例が見られることは前記認定のとおりであり, それについて,指示・警告上の間題点が指摘されていることを窺わせる証拠はない。

そうすると,使用上の注意通達の解釈においても,「警告」欄に記載すべき場合としては,「重大な副作用」欄に記載すべき副作用の中でも特に注意喚起が必要となる場合 (例えば,かなりの頻度で重大な副作用の発生が見込まれる場合,早期に副作用に対処しなければ,重大事故につながるような場合,市販後に当初予想し得なかった重大な副作用が多数報告されたような場合等)が予定されていると解すべきである。

以上からすると,前記のような承認当時に判明していたイレッサによる間質性肺炎の危険性からすれぱ,「警告」欄に間質性肺炎を記載していなかったからといって使用上の注意通達に反しているとはいえないし, 医師等が,イレッサによる間質性肺炎の予後が良好であるとか,致死的となることはないと誤解するとは考え難いというべきである。

薬害イレッサ西日本訴訟大阪高裁判決(全文) - 薬害イレッサ弁護団P.175-177

原告は、致死的な可能性のある副作用は「警告」欄に書かなければ使用上の注意通達に違反すると主張する。 それに対して、判決は、当会(仮)の解釈とほぼ同様に「1審原告らのような解釈に従えぱ,『重大な副作用』に該当する副作用は,ほとんど『警告』欄にも記載しなけれぱならなくなり」と指摘している。 そして、「『警告』欄に記載すべき場合としては,『重大な副作用』欄に記載すべき副作用の中でも特に注意喚起が必要となる場合」として、次のような事例を挙げている。

  • かなりの頻度で重大な副作用の発生が見込まれる場合
  • 早期に副作用に対処しなければ,重大事故につながるような場合
  • 市販後に当初予想し得なかった重大な副作用が多数報告されたような場合

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