「欠陥」と損害の間の因果関係
最初に
このページはイレッサ訴訟誤判(細部不当判決)の原因が長くなったため、その一部を分割したものである。
「欠陥」と損害の間の因果関係
製造物責任法では、製造業者の責任が広く取られるが、原告側の立証責任が免除されるわけではない。
逐条解説では通商産業省消費経済課の見解を元に
「従って、本法において被害者、原告側が(a)欠陥の存在(b)損害の存在(c)欠陥と損害の因果関係の存在について証明しなければならない。」
製造物責任法の逐条解説 - 北川俊光
としているように、製造物責任法でも「欠陥」と損害の間の因果関係は被害者側が立証しなければならない。
この点は、大阪地裁も、逐条解説と同じ判断をしている。
製造物責任法は,これを超えて更に被害者の立証責任を転換したものと解することはできない。 したがって,事実上の事実推定において,製造物責任法の立法経緯や同法の趣旨が踏まえられるぺきであるが,製造物に欠陥が存在すること及び製造物の欠陥により損害が発生したことについての主張立証責任は,原告らが負うものと解する。
では、判決では、「欠陥」と損害の間の因果関係はどのように認定されたのか。 詳細は原告が公開しなかった部分に書かれていた。 結論ありきの無理のある説明であり、その詳細は大阪地裁判決を参照してもらいたい。
大阪地裁は、原告側に「欠陥」と損害の間の因果関係の立証責任があると認めながら、その因果関係について検証するのをど忘れしてしまったのだ。
そして、欠陥」と損害の間の因果関係の判断抜きで「指示・警告上の欠陥」だけで製造物責任を認めてしまったのだ。
原告が「欠陥」と損害の間の因果関係の立証責任を放棄し、かつ、裁判所も「欠陥」と損害の間の因果関係を検証せずに、製造物責任を認めたとするならば、重大な誤審であろう。
さて、では、大阪地裁がうっかり忘れてしまった「欠陥」と損害の間の因果関係について、ここで検証してみよう。
訴訟上の因果関係の立証については、
訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。
東大病院ルンバール事件最高裁判例
と判示されており、「高度の蓋然性」として「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる」ことが要求される。
それを満足するには次の2つを両立する必要がある。
- 「欠陥」があって損害も発生した
- 「欠陥」がなければ損害も発生しないと予想される
前者は大阪地裁判決が認定している。 しかし、後者については、判決では、全く言及されていない。 後者が成り立たなければ、「欠陥」と損害の間の因果関係は成り立たない。 何故なら、「欠陥」がなくても損害も発生するなら、その損害はその「欠陥」とは無関係に発生していると考えられるからだ。 だから、因果関係の立証には、「欠陥」がなければ損害も発生しないことが「高度の蓋然性」レベルで証明されなければならない。
大阪地裁は、警告欄に書けば「欠陥」はないとして、第3版添付文書に「欠陥」はないとしている。 つまり、警告欄に書くことによって損害が防げることを「高度の蓋然性」レベルで証明できれば、因果関係を立証できる。 大阪地裁は、副作用が極めて少ないと宣伝していたことが、重大な副作用欄を軽視した原因だとしている。 だとすれば、同じ理由で警告欄を軽視しないとまでは言えないのだろうか。 言い方を変えてみると、因果関係の立証するためには、次の2つが両立することを「高度の蓋然性」レベルで証明する必要がある。
- 副作用が極めて少ないと宣伝していれば、重大な副作用欄は軽視する
- 副作用が極めて少ないと宣伝していても、警告欄は軽視しない
確かに、添付文書が改訂され、間質性肺炎が警告欄に書かれた後に、“薬害”が収束したのは事実である。 しかし、“薬害”が収束した原因は、本当に、警告欄に書いたためなのか。 本当は“薬害”報道で大騒ぎになったから、“薬害”が収束したのではないか。 大阪地裁の認定した事実に基づけば、医師は、添付文書より格下の情報に基づいて添付文書を軽視したのである。 だとすれば、その医師が副作用の危険性を認識したのは、添付文書の改訂によるのではなく、報道によることは十分に考えられる。 だとすれば、最初から添付文書の警告欄に書いていたとしても、“薬害”報道で大騒ぎになる前は、やはり、軽視された可能性がある。
重大な副作用欄に書いてあった副作用は全て致死的な副作用であったし、致死的な副作用であるから重大な副作用欄に書くのである。 つまり、添付文書の中でも重大な副作用欄はかなり重要視すべき項目であったのである。 確かに、警告欄は重大な副作用欄よりも重要視すべき項目である。 しかし、どちらも重要視すべき項目であるなら、一方だけが軽視されると考えるのは難しい。 次のいずれかならば「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる」と言ってもあながち間違いではないだろう。
- 重大な副作用欄も警告欄も重要視する。
- 重大な副作用欄も警告欄も軽視する。
しかし、一方だけが軽視されることは、肯定するにも否定するにも根拠が全然足りない。 つまり、一方だけが軽視されるとする判断は確実性に欠け、「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる」とまでは言えない。 大阪地裁の認定した事実に基づけば、「欠陥」がなければ損害も発生しないことを「高度の蓋然性」レベルで立証できず、「欠陥」がなくても損害が発生した可能性が十分にあるのだ。 これでは、「欠陥」とは無関係に損害が発生したことを否定できず、「欠陥」と損害の因果関係を立証したとは言えない。
「通常有すべき安全性」との関連性
製造物責任法では、「通常有すべき安全性」の判断が適正に行なわれていれば、「欠陥」と損害の間の因果関係は立証するまでもない。 というのも、「通常有すべき安全性」を備えているならば、「通常予見される使用形態」では損害は発生し得ないからである。 だから、製造物に「欠陥」があって損害も発生したならば、当然、「欠陥」がなければ損害も発生しないと予想できる。 その予想は「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる」ものであるから、「高度の蓋然性」レベルで立証されることになる。 以上を言い替えると、「通常有すべき安全性」は次の2つの条件を満足することが必要だと言える。
- 製造物の安全性を改良する必要性がある=改良によって損害の発生が防げる(「欠陥」と損害の間の因果関係と重大な関連性)
- 上記のことを製造物引き渡した時期に予見できた(「通常予見される使用形態」と重大な関連性)
だから、前者を満足しているならば、ほぼ、自動的に「欠陥」と損害の間の因果関係も立証できるのである。 イレッサ“薬害”訴訟で「高度の蓋然性」が成立しないのは、本訴訟の「指示・警告上の欠陥」が前者を満足していないからである。 つまり、「通常有すべき安全性」の判断を根本的に間違っているのである。
通常有すべき安全性 | 通常予見される使用形態 |
---|---|
「重大な副作用」欄の記載で十分 | 「重大な副作用」欄を軽視しない |
「重大な副作用」欄の記載では不十分だが、「警告」欄の記載で十分 | 「重大な副作用」欄は軽視するが、「警告」欄は重視する |
「警告」欄の記載では不十分 | 「警告」欄も軽視する |
判決では、「使用上の注意通達」を「通常有すべき安全性」を拡張する根拠としているが、その解釈に無理がある。 「通常有すべき安全性」を備えているならば、当然、「通常予見される使用形態」での損害は発生しない。 よって、「使用上の注意通達」に従うことが「通常有すべき安全性」を備えることならば、「使用上の注意通達」に従えば「通常予見される使用形態」での損害は発生しない。 つまり、判決が正しいならば、「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師等」は、「重大な副作用」欄は軽視するが、「警告」欄は重視することになる。 だが、その前提に無理があることは、既に示した通りである。 よって、次のいずれかでしかありえない。
- 「使用上の注意通達」に従わなくても「通常有すべき安全性」を欠いたとは言えない
- 「使用上の注意通達」に従っただけでは「通常有すべき安全性」には満たない
以上のとおり、「使用上の注意通達」は「通常有すべき安全性」を拡張する根拠となり得ない。
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