イレッサ訴訟大阪地裁誤判(細部不当判決)の原因
大阪地裁判決
大阪地裁判決には、製造物責任法における「通常有すべき安全性」と「開発危険の抗弁」および「欠陥」と損害の因果関係の立証について、極めて初歩的な誤りがある。 しかも、その初歩的な誤りは判決を左右する重大な誤りであり看過できない。
「欠陥」と損害の間の因果関係
製造物責任法では、製造業者の責任が広く取られるが、原告側の立証責任が免除されるわけではない。
逐条解説では通商産業省消費経済課の見解を元に
「従って、本法において被害者、原告側が(a)欠陥の存在(b)損害の存在(c)欠陥と損害の因果関係の存在について証明しなければならない。」
製造物責任法の逐条解説 - 北川俊光
としているように、製造物責任法でも「欠陥」と損害の間の因果関係は被害者側が立証しなければならない。
この点は、大阪地裁も、逐条解説と同じ判断をしている。
製造物責任法は,これを超えて更に被害者の立証責任を転換したものと解することはできない。 したがって,事実上の事実推定において,製造物責任法の立法経緯や同法の趣旨が踏まえられるぺきであるが,製造物に欠陥が存在すること及び製造物の欠陥により損害が発生したことについての主張立証責任は,原告らが負うものと解する。
では、判決では、「欠陥」と損害の間の因果関係はどのように認定されたのか。
判決要旨では、結論部分に「指示・警告上の欠陥があったと認められる」だけで、「欠陥」と損害の間の因果関係については全く言及されていない。
判決文の「第6 被告会社の製造物責任について」の「4 指示 ・警告上の欠陥について」(V-101〜124)では、「欠陥」と損害の間の因果関係については全く言及されていないし、製造物責任の有無についても論じられていない。
また、原告の準備書面等にもそうした立証の記述は見当たらない。
どうやら、大阪地裁は、原告側に「欠陥」と損害の間の因果関係の立証責任があると認めながら、その因果関係について検証するのをど忘れしてしまったようだ。
詳細は原告が公開しなかった部分に書かれていた。
結論ありきの無理のある説明であり、その詳細は大阪地裁判決を参照してもらいたい。
通常有すべき安全性
判決では、当時の医師が従うべき主要な情報が添付文書だと認めているのに、添付文書を軽視して当然と結論づけているが、これは初歩的な論理矛盾である。 また、「使用上の注意通達」を製造物責任法の「通常有すべき安全性」を拡張する根拠と見なしており、これは、明らかな論理の飛躍である。 その他、医療用医薬品と一般用医薬品の区別と点滴薬と経口薬の区別を混同していたり、相対的な位置づけと絶対的な位置づけを混同していたり、相互作用と単剤の副作用を混同しているなど、致命的な間違いだらけである。 大阪地裁の考える「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」像は次のとおりである。
- 製薬会社の宣伝を鵜呑みにする。
- 致死的な副作用を4つ並べると、4番目は重要ではないと解釈する。
- 何ら合理的な理由なく、その時点で最も重視すべき情報(当時は医薬品の添付文書)を軽視する。
- 必要性があっても文献参照などの可能な限りの最新情報を収集しようとはしない。
- 十分な知識もないのに未経験の医療行為に対して無警戒に挑戦する。
- 医療用医薬品であっても経口薬は副作用を気にせずに投与して良いと考える。
大阪地裁は、この「平均的な医師」像を根拠にして、「通常有すべき安全性」を欠いていると判断した。 しかし、これを「平均的な医師」と認定した根拠は判決文の何処にも書かれていない。 一方で、一般常識的な感覚における「医療現場においてイレッサを使用することが想定される平均的な医師」像は次のとおりであろう。
- 製薬会社の宣伝は話半分に聞く。
- 何番目であろうとも、致死的な副作用である限り、重要であると解釈する。
- 合理的な理由がない限り、その時点で最も重視すべき情報(当時は医薬品の添付文書)には可能な限り従う。
- 必要に応じて文献参照などの可能な限りの最新情報を収集しようとする。
- 未経験の医療行為に挑戦するときは、経験不足や知識不足を補うための最大限の努力をする。
- 経口薬であっても医療用医薬品であれば、副作用については警戒が必要と考える。
大阪地裁の言う「医療現場においてこれを使用することが想定される平均的な医師」は、判決を読めば読むほど理解に苦しむ。 さらなる詳細は通常有すべき安全性に詳しくまとめてある。
開発危険の抗弁
大阪地裁は、次の事実を認定している。
- 国内の治験や参考試験では承認用量での間質性肺炎に関する副作用例がなかった。
- 海外の副作用報告からは、イレッサによる間質性肺炎等の発症頻度を的確に把渥することは困難だった。
- 比較的発症頻度が高いものは肝機能障害, 下痢, 嘔吐であった(下痢の致命的となるおそれは小さい)。
そして、以下に反していることを理由に「指示・警告上の欠陥があった」としている。
- 重大な副作用欄の最初に,間質性肺炎を記載すべき
- 「使用上の注意通達」に従い、警告欄に記載して注意喚起を図るべき
しかし、この判決文が認定した事実では、いずれも根拠が示されていない。
- 重篤さの程度においても、発生頻度においても、「重大な副作用欄の最初に,間質性肺炎を記載すべき」とする根拠がない。
- 「致死的な転帰をたどる可能性があった」だけでは、「使用上の注意通達」の「警告欄に記載して注意喚起を図るべき」理由が全て満足されていない。
- いつの間にか「使用上の注意通達上支障のないものであった」が何の説明もなく「警告欄に記載して注意喚起を図るべきであった」にすり替わっている。
以上の通り、大阪地裁は、「開発危険の抗弁」においても致命的な誤審を犯している。 しかも、根拠の乏しい論理の飛躍で間違った結論を導いているのである。 さらなる詳細は開発危険の抗弁に詳しくまとめてある。
おまけ
ネット上に次のような意見があった。
2.裁判の争点について:
判決では製造物責任法2条2項「指示・警告上の欠陥」が問われました。 添付文書の記載が不充分で間質性肺炎の注意喚起が不充分だったという判断です。 重要な項目は前の方に書くとの「通達」が根拠になった様です。もちろん原告が訴えたのは「文書だけ」ではありません。 臨床試験や臨床試験以外で発生した副作用をアストラゼネカ社が軽視したこと。 販売を急ぐあまり積極的な注意喚起を怠ったこと。 また国がそれら副作用情報を得ていたにも関わらず承認時に深く考慮しなかった事、などの責任を追及しています[6,7]。
私も原告の指摘は方向性として正しいと思います。 アストラゼネカ社も国も自らの判断と行動に反省すべき点がなかったか正直に振り返り今後の教訓とせねばならないと思います。 その一方で、いくつかの抗癌剤を経験した癌患者としてイレッサの添付文書(初版2002年7月)に違法と言える程の不備があったとはやはり私には思えません。 間質性肺炎の記述が2ページ目の重大な副作用の4番目に記載されているからといって、軽んじたり見落としたりすることは有り得ないと思うからです。
化学療法中に肺炎を併発することの恐ろしさは患者も医療者も文字通り骨髄に染みて感じています。 間質性肺炎は一般には馴染みのない病名かもしれませんが、記述そのものが最大限の注意喚起です。 レントゲンを頻回に撮り、また咳や熱に注意し主治医と相談しながら治療を行います。 イレッサは一般の消費者が薬局で自由に買える薬剤とは違います。 医師による処方と指示に従いながら投与をすれば他の抗癌剤に比べ決して危険とは言えません。 確かに数万人が服用した現在に比べ販売開始当時の知見が乏しかった事は事実だと思います。 しかしながら間質性肺炎の恐れを隠したわけでは無く「頻度が不明」である事も含め添付文書に明記したアストラゼネカ社と、販売を承認した国に法的責任まで認定するのは行き過ぎだと感じます。
大阪地裁の誤審と比べるまでもなく、至極真っ当な意見である。
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